オヤツ


『オデッセイ』

みなさんこんにちは。
わたしが映画を見て、気になったセリフを勝手に紹介する「おいしいセリフ」の第3回。
今回の映画はリドリー・スコット監督の『オデッセイ』です。

今年の洋画ヒット作なので説明に及ばないかもしれませんが、サクッとあらすじを。
火星探索に来ていた宇宙飛行士のマーク・ワトニー(マッド・デイモン)は作業中、砂嵐に巻き込まれ飛ばされてしまう。この状況下ではマークも生存不可能だと判断した仲間たちは、マークを残して火星を飛び立つ。しかし、奇跡的に彼は生きていた。なんとか居住ベースに戻ったものの、通信機能も壊れ地球と交信できず、食糧も限られた絶望的な状況の中、四年後に計画されている有人火星探査まで生き延びようとマークは決めるのだった。

豊富な知識、それを問題対処に活かすことのできる優秀な頭脳、どんなハプニングにも動じることのない冷静さと強い精神力を持っているマーク。彼の能力の高さには感服してしまいます。
羨ましい。むしろずるい。ひとつぐらいその能力をわけてほしい。
でも、もしひとつ能力をわけてもらえるとしたら、わたしが一番欲しいのはその頭脳でも精神力でもないんです。困難な状況に面したときにそれを冗談で笑いに変えてしまう、彼の持つ瞬発的なユーモアが欲しい。

マークは地球に帰るために、ローバーという車で火星上を長距離移動しなくてはいけなくなります。移動するための燃料はある。だが、暖房を使うまでの燃料はない。移動できても寒さに耐えられず凍え死んでしまうという問題が発生したときにマークが言います。

「タマが凍りそうだ」

彼は決して悲観して落ち込むことなく、そう言って笑います。

「ん? これよりいいセリフがいっぱいあったんじゃない?」って?
確かにありました。面白いジョークがたくさんあった中で、なぜわたしがこれを一番に選んでしまったのか。それはどんなに頑張ってもわたしには一生言えないセリフだからかもしれません。

まず実際問題タマがない。それに代わる何かも見つからない。無理やり体の違う部位をあてはめたとしても、面白味のないただの愚痴になってしまうし、下手したら下品になってしまう。どれくらい寒いのかを表現しつつ、笑いに昇華してしまうこれ以上のセリフをわたしは言えないし、思いつかない……。

子供のころ、男子たちがチンコだのウンコだの意味も脈略もなく連呼をしているのを冷ややかな目で見ていました。いったい何が面白いんだろう。けれど、わたしの思いとは裏腹に、まわりには穏やかな笑みが広がっていて、とても不思議に感じていました。
ただ、今ならその面白味がわかります。言ってはいけないとわかっていても言いたい衝動に駆られるくらい、その言葉たちにはくだらなさという魅力があるのです。そして、他人も自分も貶めることなく簡単に人をクスリと笑わせてしまう、そんな魔法の言葉。それはもう口に出したくなります。本人たちがそこまで意識して発しているかは別ですが、大人になった今、わたしはそれらが魔法の言葉であることに気づきました。
でも、その魔法は使い手が限られている。残念ながら女性が口にすると笑いにはならず、下品だなというレッテルが貼られてしまう。そう、悲しいことにわたしには使えない魔法だったわけです。
魔法の言葉を使える男性も、年齢が上がるにつれ、ただ単語を言うだけでは笑いを得るのは難しくなっていきます。だからと言って性的な意味合いが強い表現を使ってしまうと、やはり下品になってしまいますし、その単語自体が持っていた馬鹿馬鹿しさという輝きがなくなってしまうように思えます。
マークのセリフは「タマ」という言葉が持っている輝きをとてもうまく引き出しているようにわたしは感じました。

我ながらアホだなと思いながらも真面目にしばらく考えてみたんですが、やっぱりこれに成り代わるセリフを考えられそうにありません。ああ、わたしもマークみたいに面白いことが言える人間になりたい。ポンポン誰かを笑わせられるようになりたい。けれど、手っ取り早い魔法の言葉も使えないし、道のりはまだまだ遠そうです。






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