オヤツ

いながき先生から、またしても宿題がきました。

前回に引き続き、「映画を観て、感想を書く」という宿題で、
今回の課題映画は「卒業」と通達がありました。
幸い今回の作品もHuluで配信されており、時間がない主婦
(時は経過し現在3歳児育児中)にとっては色々手間が省
けて、すぐ取りかかることができます。が、指折り数えて
待ち望む3歳児の4月からの幼稚園入園準備にクソ忙しい
どころか、その3歳児が寝ないんです。もうお昼寝の時間
は日に日に短くなるばかりで、夜しか書けない。でも、夜
は夜で、寝たくないのか、おちっこの申告にいちいち来ま
す。今夜も、この原稿に取りかかる前に何回出ないちっこ
の申告を受けトイレに連行したことやら……。

さて、本題に入りましょう。
「卒業」です。

1967年のアメリカン・ニューシネマを代表する青春映画
ということで、ダスティン・ホフマン演じる主人公が花嫁
を奪うシーンは有名です。が、実は、まだ観たことがあり
ませんでした。観たことはないのですが、この映画、個人
的な音楽の原体験、という点で、観なくてはならない映画
だったので、とてもいい機会を得ました。
というのも、「サウンド・オブ・サイレンス」というサイ
モン&ガーファンクルのこの美しい名曲を、当時小学生だ
った私は、習っていた某鍵盤楽器で来る日も来る日も、弾
いては恍惚、弾いては恍惚、を繰り返していたのです。
当時、その某鍵盤楽器を私が習っていた先生は、音楽理論
は一切教授せず(足掛け9年習っても、楽譜の読み方は知
りませんでした)、毎回の課題曲もジャズのスタンダード
に始まり、ビートルズ、バカラックといった私が生まれて
いない時代の洋楽ヒットチャートを賑わせた曲、そして当
時の日本の歌謡曲、果てはAORに至るまでを子どもに耳で
覚えさせ弾かせる、といういささか奇天烈なレッスンを施
しておりました。その奇天烈レッスン課題曲のひとつに、
この曲があり、メロディーの美しさや儚い雰囲気を何故か
気に入り、その理由を理解しアウトプットできる音楽的な
素養も理論的な思考も整然とした日本語ももちあわせてい
ない未熟な私は、ただただこのメロディーに陶酔していた
わけですが、「卒業」……

度肝を抜かれました。

テーマ曲の「サウンド・オブ・サイレンス」という、それ
こそ青春期の代名詞の数々をアサンブラージュのように見
事に凝縮した名曲と、「アメリカン・ニューシネマを代表
する青春映画」という枕詞に完全に裏切られました。
もちろん、主人公も20代そこそこ、この主人公が将来を憂
い、若気の至りとも言える行動に出る、といった点では青
春そのものです。が、とは言え、これを青春からイメージ
される雰囲気を持った一般的な青春映画、しかも名作、と
言っていいのですか?怒られないのですか?

じゃあ、これは何だ?、と問い詰められたとき、小さい声
で「ギャグ映画」と私は答えたいです。それは何故か?

この映画、大雑把にストーリーをまとめるとしたら、

起:ある大変優秀な童貞の若者が
     ↓
承:熟女の誘惑にかかり情事にふけ
     ↓
転1:今度はその娘と恋に落ちそうになるも、不倫がバレ
     ↓
転2:拒絶された娘をストークした挙げ句
     ↓
結:花嫁姿の娘を教会から奪いさる

となると思うのですが、これだけ見れば、ありそうな青春
映画。しかし、この映画、全体を通してのトーンと言えば
いいのでしょうか?それが、いわゆる美しい青春映画とか
け離れているような気がするばかりでなく、完全にコメデ
ィタッチなんです。
例えば、熟女が主人公を誘惑するシーン、自発的に裸にな
ったおばはんの背中と、主人公の焦った顔のカットバック
が入ります。笑えてきます。話の「承」となる部分はずっ
とお笑い要素満載です。
そもそも、性を扱うことこれすなわち滑稽にならざるを得
ない、というテーゼがありますが、でも、ならば、美しい
テーマ曲を持った青春映画として、そこは、観客からの恥
じらいをごまかすためのツッコミすら挟まれる余地のない
美しいシーンにするとか……。
以下、全編を通して、そんな調子で、観ているこっちは終
始調子が狂いっぱなしで、かろうじて、最後の花嫁奪還の
シーンで、これまでの齟齬をなんとか強引に回収して、溜
飲を下げることになります。

かつて幼い自分が来る日も陶酔していた曲、その曲がテー
マ曲になったというからには当然美しい青春映画だろうと
なんの疑いもしなかった作品が、アメリカン・ニューシネ
マの代表作かつ、名作でありながら、偉大なるギャグ映画
だった、という事実を、どう受け止めていいのか、悶々と
しております。
映画史にももちろん明るくない私、その言葉はかろうじて
知っていましたが、一応「アメリカン・ニューシネマ」の
定義を調べたところ、「当時主流とされたハリウッド映画
とは異なり、反体制的、アンチヒーロー、アンチハッピー
エンド」とあります。もしかして、この作品鑑賞中に、私
の心の中でおこった調子の狂いこそが、当時の革新的な手
法による効果であり、名作たる所以だ、ということなのか
もしれません。だとすれば、今後、「名作」と言われるも
のを観る前に、いちいち、その作品が作られた時代背景お
よび映画的史実を予習しなければならなくなってしまう気
がするのですが……。

名作って何なんですか?
今回も、名作が理解できず、苦しいです。



mail
コギトワークスロゴ