One More Time Daft Punk


One more time
We’re gonna celebrate
Oh yeah, all right
Don’t stop the dancing

You know I’m just feelin’
Celebration tonight
celebrate
Don’t wait too late
No! We don’t stop
You can’t stop
We gonna celebrate
One more time

A celebtion
You know
we're gonna do it right
Tonight
Hey! Just feeling
Music's got me
feeling the need
Need
Yeah
Come on, all right

We're gonna celebrate
One more time
Celebrate and dance so free
Music's got me
feeling so free
One more time




もう一度、
お祭り騒ぎ
踊り続ける


すごく感じる
今夜、お祭り騒ぎ
乗り遅れるな
もう止まらない
君だって止まらない
お祭り騒ぎを始めよう
もう一度


さあ、やろう、今夜。
感じる。
音楽が感じさせてくれる。
音楽は絶対。







お祭り騒ぎを始めよう。
もう一度
踊りと祝祭は自由にしてくれる。
音楽は僕を自由にしてくれる。
もう一度


(written by Thomas Bangalter,
Guy-Manuel de Homem-Christo,
Anthony Moore)



 あれ、もう名前も覚えてないや、おとといの夜なんだけど、と
にかく坊主頭のわざわざ刺青見せびらかすようなお尻の穴の小さ
い男がしつこく私の左耳がどうして聞こえないか聞いてきたから
「事故ったんだよ」ってとりあえず答えたんだけど、誰からそん
なわたしの不自由ってやつを聞きつけたんだかもさることながら、
そのいかにも思いやりを装った見下した目が、やっぱり思い出す
たびにむかついてくるんだよな、もちろん、わたしはむかついた
顔なんて一切刺青坊主に見せてやらなかったわけだけど、しかし
どうしてこうも男は自分より弱そうなやつが好きなんだろう。ス
ピーカーからドンドンドンドン響くドラムの音、お前(=わたし)
右耳しか聞こえないから、おれたちの半分しか聞こえなくて、気
の毒、とか思うんだろうか、ちなみに、全部聞こえてるから、そ
れに昔から耳一つしか聞こえないから、振動とかには敏感なんだ
よ、あんたらよりよっぽどおっきな音、楽しめてるから、大丈夫
です、邪魔すんな、まったく。で、結局、刺青坊主はすごく気の
毒そうな顔をもう一回わたしにしてみせて「なんか困ったことが
あったら俺を頼りなよ」的な、さも「俺たよりがいあるんだぜ」
っていうセリフ吐いたから、まあ、「お願いね」とかなんとかわ
ざと大きな声で言ってやるとアノときみたいに気持ちよさそうな
顔しやがったからとりあえず笑ってやった。その笑いは刺青坊主
には「好意」に見えたかもわかんないけど、まじでお前を嘲り笑
ったんだよ、カス、その辺がわからないようじゃお前お先真っ暗
だぞ。わたしは刺青坊主の元をそっと離れてお酒もらいにいった
まま、そこにハルちゃんがいたから、一緒に体を揺らしながら時
々仕事のこととか、本とか映画のこととか話してると、あ、ちな
みにハルちゃんは女の子で、気持ちは優しいのにちょっと男らし
いところがあるとても腕とか太ももが細くて、鎖骨のあたりが大
理石みたいにすべすべしてる美少女なんだけど、もちろん彼女は
私の左耳のこと知ってて、でも、そんなことわたしに一切意識さ
せないように、わざわざ右側に回って、ちょっと私の耳に顔を近
づけて音楽にちょうど負けないくらいの大きさの声で話してくれ
るから、なんだかわたしもいい気分になっちゃって、そんなこと
する必要ないのに、わたしも顔をハルちゃんの左耳に近づけて話
してると、自然と笑顔がこぼれちゃった。言っとくけどこれはマ
ジの好意なんだよ、ちなみにハルちゃんもはにかんでて、たぶん、
まあ、他人のことだから本当はわかんないってわかってるけどさ、
きっと、嘲り笑ってるんじゃなかったと思う、多分ね、って、で
っかい音の音楽とハルちゃんの声でうっとりしながら、本とか映
画のこととか話してると、今度は刺青坊主じゃなくて見かけだけ
草食装ってる、そのくせ、女が弱いところ見るのが大好きな、す
ぐ「君Mでしょ」とか訳知り顔で言う自称Sのピアスが両耳10個
くらい空いたチビがすり寄ってきて、(自称Sっていう時点で、
もう、なんつうか、疲れるし、終わってるわ)もう、姿形は違え
ど、あんたらおんなじ虫かよとおもうくらい、刺青坊主とおんな
じタイミングでおんなじ動きでおんなじ言葉、要はおんなじ生態
だから、なんだか笑えて来て、こんどこそ本当に隠さずあざけり
笑ってやった。徹底的に、脊髄反射で生きてるんだね、こいつら。
ちなみに、その時のわたしの答え、「バレーボール部のセッター
やってて、相手のアタックが左耳に当たったの、だから、聞こえ
なくなっちゃったの」チビ、きょとんとして、そのきょとん具合
がまさにきょとんでさらに笑えたわ。

 わたしには彼氏が、一応いて、名前はとりあえずモンって呼ん
でる。たまにモン君って言ったりするけど、だいたい、モンで通
してる。モン君はわたしのことをちゃん付けで呼ぶ。まあ、呼び
たいように呼ばせればいいと思うけど、人のいるところでちゃん
付けで呼ばれるとちょっと気まずい、でも、呼び捨てはむかつく
し、さんでも氏でもつけてくれればいいかなと思ってるけど、モ
ンはかたくなにちゃん付けで呼ぶ。そんなモンなんだが、まあ、
顔の方は鼻がちょっと上向いてるけど、そこがなんとなくガイジ
ンっぽくて、周りのみんなからはイケてると思われてる優しい男
だ、実はわたしもモンのことを顔がイケてると思っている。でも
顔がイケてるだけで、あとはだいたい普通。話も普通だし、選ぶ
服とかもなんだか微妙にズレてたりする。アッチの方も普通、ネ
コ並みだし、(ネコって交尾時間なんと15秒なんだって!)、
でも、モン君のいいところは威張らないところだ。人と張り合わ
ないところだ。男ってだいたい競いたがる、しかもくだらないこ
とで、でも、モン君は、なんだかそういうことに興味が本当にな
いみたいで、わたしとしては疲れなくてもいいから、そういうと
ころは好きだ。
 (ちなみに、競争にいかにも興味ない風な涼しい顔しながら、
心の中では、チクショーとか思ってるヤカラは一杯いる、そんな
んだったら、ストレートに悔しがれ、だいたいお見通しされてる
んだからさ)
 モンと知り合ったのも、昨日行ったトコで、その時はモン君は
ハルちゃんと微妙に付き合ってるだか、付き合ってないだかのタ
イミングだったらしい、けど、モンは意外にもハルちゃんよりわ
たしのことが気に入って、ハルちゃんもちょうど、『モン、ちょ
いウザい』と思ってたとこだったみたいだから、ハルちゃんにし
てみたら、うまいことわたしのところにお払い箱って感じだった
のかな。で、その日、ドラムとベースがドンドンドンドン鳴り響
くスピーカーの隣のちょっと奥まったところで、今思えば、モン
にしては、珍しく、ちょいとわたしに積極的に体を密着させてき
たんだけど、別にわたしはイヤな気はしなくて、とりあえずキス
はしておいた。それが、一応、モンとの、初めてのキスというわ
けだ。その後、モンは、わたしを引きよせて、リズムに合わせて
体を揺らしながらわたしの体を抱き締めた。ちょうどモン君の顔
がわたしの左側に交差する体勢で、モンはしきりにわたしの左耳
に息を吹きかけてきた、最初は、まあ、ちょっと気持ちよかった
わけだが、いい加減くどくなってきて、「なんだ、こいつ、さか
り過ぎ」と思って、「やめてよ」と言うとモンはすごく不思議な
顔で、ちょっと悲しそうにわたしを自分の体から離した。「ごめ
んね、そんなつもりじゃなかったんだけど、君がいやなら、無理
にとは言わないよ、ぼく、誤解してた」とか、訳わかんないこと
言いだして、わたしはすぐにピンときた、モン、わたしの左耳に、
なにか囁いていたわけだ。わたし、すぐ笑って、手を振って、逆
に謝った。かくかくしかじか、「耳聞こえなくてさ、なに息吹き
かけてんだよ、こいつって、思っちゃっただけ、もう一度、こっ
ちに言ってくれる?」って、今度はわたしからモンの体を引き寄
せて右側に交差したら、モン、恥かしそうな声で、わたしの右耳
に「付き合ってくれる?」だってさ、答えないでいると、モン、
なんかいたたまれなさそうに話題を替えてきた、「どうして? 
耳?」
 「中耳炎こじらせてさ」
 「ふーん」
 「ふーん、だけ?」
 「痛い?」
 「今は痛くない」
 「じゃあ、よかった」
 まあ、そういうわけでわたしはモンと付き合い始めた。わたし
は、ハルちゃんときまずくなるのはイヤだったから、いちおうス
ジ通すためにも、「わたし、モン君と付き合うらしい」って報告
したら、「そっか、よかった、わたしなんかより、いいと思う、
ちなみにモン君、けっこういいヤツよ」と、なんかよくわかんな
いけど、祝福してくれたっぽいからすこし嬉しくなって、実感が
湧いた。
 それが数ヶ月前の話だ。で、今、モンはわたしの部屋でマンガ
を読んでる。ほんとは今読んでるそのマンガなんかモンは興味な
いくせに、読書に集中してる風を装って、わたしのほうをわざと
見ないようにしているのはばればれだ。めんどくさいな、おとと
い、モン抜きで、ハルちゃんと遊んだから、妬いてるっつうわけ
だね、つうか女に妬くってどういう神経? わたしの心は九割方、
モンのことを困った男だなあと思ってるけど、一割だけ、ちょっ
とかわいいなと感じていたり、なんか正反対の気持ちが一緒にぐ
るぐるして、まあ、二人共今日はバイトがないから、ずっと一緒
にいないといけないわけで、このまま二人ともイライラしちゃう
のはなんか損、そこはこっちが折れてやるかと諦めて、とりあえ
ず、服脱いで裸になって、モンの顔とマンガの間に仁王立ちする
と、モン、思わず笑いやがんの。
 モンとのアレは嫌いじゃない、けど、やっぱり、少しだけ、物
足りない。嫌いじゃないと、物足りないの割合は、どのくらいだ
ろう、物足りないの割合が多かったら、ちょっと困りもんだなと、
モンにあそこぺろぺろされながら考えてると、ふとハルちゃんの
顔が浮かんだ。それだけじゃない、おとといの夜、音楽で満たさ
れたハコの中のカウンターで、わたしの右耳に顔を近づけてささ
やくハルちゃんの唇の感触とかが浮かんで、いまいちモンとのア
レに集中できないなと思ってると、モンがわたしの下の方からず
りずり昇って来たから、いかんいかんと目の前のやらねばならな
いことに集中しようとしたとき、このモンの性器ってば、ハルち
ゃんの中にも入ってたのかと、なんか急に思ってしまった。そう、
思ったら、なぜだかわからないけど、めちゃくちゃ興奮して、そ
のまま、今度はわたしがモンの下の方にずりずり下がって行って、
めいっぱいモンのあそこを喉の奥まで入れたら、モン、目白黒さ
せてやんの、思わず腰が引けったって感じで、わたしのこと抱き
起こすと、いつもより強く抱きしめてきた、いてえよ、バカ、だ
いたいあんたとのネコみたいなセックスで興奮したんじゃねえっ
つの。

 お風呂はけっこう好きだ。クラブの次に好きだ。でも、お風呂
は一人で入りたい、お風呂に入るとなぜだかいろいろ考え事がは
かどるから、一人で入りたいのだ。お湯を手ですくって、ぽたぽ
た隙間から落ちていく、その音がこの小さな小さな部屋の中に響
く。水蒸気が充満してるせいで、少し反響してる。わたしは、な
んとなく、思い出す。わたしは、どうして左耳が聞こえなくなっ
たのか、これまで、10何年間、何度も何度も何度も何度も、い
ろいろな人に聞かれてきた。刺青坊主やピアスみたいなカスから
も、モンみたいな優しい男の子からも、病院の待合室で隣に座っ
たおばあちゃんとか、友達の友達とか、まあ、とにかくいろんな
人からだ。そして聞かれたわたしは、その理由を答えてきた。で
も、その都度、違うことを答えることにしてる。そうすると、な
んだか、耳が聞こえなくなる理由って、無数にあるんだなって、
逆に驚いたりするんだけど、でも、本当の答えは、きっと、もう、
わたししか知らなくて、いやそれは嘘だな、親と病院の先生くら
いは知ってるけど、その他には知らなくて、そして、わたしは、
その本当の答えをちゃんと知ってるわけだけど、あんまりうまく
伝えられたことがない、誰にも。それに、その都度、違う答えを
言ってるうちに、どれが本当かわからなくなってきてるっていう
のもある。虚言妄想癖って、多分こういうことになるんだろうな
とか、ウソも付き続ければホントになるとか、あきらめなければ
夢はかなうとか(これは違うか)、そういうことに近いような気
がしてる。わたしは湯船の中でのぼせるまでそういうことを、今
日は考えてみるつもりでいると、どっちかというと白いわたしの
肌は少しずつ赤らんできて、裸になってもわたしの障害?ってい
うのは見た目じゃわからないんだなって思った。でも、やっぱり、
どっかから聞きつけて、人はその理由をわたしに聞く。なぜなん
だろう。なぜ理由を聞くんだろう。聞く方は一回でも、答えるほ
うは何十回、何百回、何千回と同じことを答えなきゃいけないん
だろうか。もちろん、答えたい答えなら、いいよ。答えて、その
答えが答えてる本人が気持ちいいやつなら大歓迎。でも、たいが
いそういうものってない、答えるのがうざいものばかり、だから、
せめて毎回けむに巻いて、聞く方が楽しむんだったら、聞かれた
ほうも楽しんじゃえって、そんなこと思ってるわけじゃないけど、
答えを創作して、聞く人、聞かれる人、どっちもなんとなくイー
ブンに持っていきたいって考えてるだけなんだ、わたし、ってこ
とがのぼせる五分前くらいにわかった。だって、答えはわたしの
中にあるんだから。
 ちょっと待てよ、そういや、ハルちゃん、どうしてわたしの左
耳が聞こえないか、その理由、聞いてない、わたし、ハルちゃん
から聞かれてないな、出会った中でそういう人が一人いたってだ
けで、そして、それをわたしが気付けただけで、この風呂は幸せ
な風呂だったってことになる、よし、出よう、と思ったら、モン
が脱衣所まできて「入っていい?」って聞いてきたから、「入っ
ていいわけなかろう」と喝を入れて、わたしは風呂場を後にした。

 すこし眠かったんだけど、音楽聞きたいって、モンが言うから、
まあ、おとといの埋め合わせかなとも思ったし、ハルちゃん、も
しかしたらいるかもしれないと思ったから、とりあえず部屋から
出た。出かける前に、すっとんきょうな服着やがるから、三回く
らいモンを着替えさせて、わたしはとりあえずリネン地のボート
ネックのワンピースっていう気楽な格好で、向かうのは、おとと
いと同じクラブ、そこはけっこう出入りするから、顔見知りも多
くて、音も普通にいいから安心してる。ハルちゃんと会ったのも、
そこだし、モンとあったのもそこだし。
 扉開けて、中の扉開けると、音がなだれ込んで、なんか気圧が
変わった感じがして、耳がポーンとしたから、わたしは思わず耳
抜きした、なんか昔流行ったアシッドハウスっぽい音で、ちょっ
と今のわたしには突然多幸感満載で、すこし困ってしまって、ひ
とまずお酒ほしいと思った。モンが気を利かせるつもりかなにか
知らないけど、ビール持ってきてくれたんだけど、ビールって感
じがしなくて、「ごめん、自分でもらってくるわ」って、一人で
カウンターに行ったら、ちょうど、ハルちゃんがトイレから帰っ
てきたっぽいところに遭遇した。
 わたしがラムとコーラを混ぜたやつを頼んだらハルちゃんが
隣にきて「わたしもそれ」とバイトのお姉さんに頼むと、なんだ
かわたしははにかめてきて、はにかめてきて、大変だった。ちら
っと横見ると、ハルちゃんだって、はにかんでるじゃんか、おあ
いこかな。わたしはそのまま、カウンターを横にずれて、壁際に
もたれて一口、黒い液体を口の中に入れると、ハルちゃんも遅れ
てやってきて、べつにわたしのマネしたわけじゃないんだろうけ
ど、おんなじ動作で、わたしの隣で壁にもたれて、わたしとハル
ちゃんは並んで、フロアの方を眺めていた。
 なんとなく、さっき、困った多幸感満載の音楽がだんだん困ら
なくなってきて、少しだけ、ハルちゃんの方に近づいてみた。き
まずいし、わざとハルちゃんの方を見ないようにして、下を向い
たら、そっとハルちゃんの足が5センチくらいだけわたしの方に
動いたのが見えたとき、わたしはモンとのエッチの時、ハルちゃ
んのことを思い出したことを思い出して、恥ずかしくなったけど、
恥ずかしがっちゃいられないよな、こういう時はと、奮い立たせ
て、ひとまず、「欲」っていうのかな、そういうのに任せてみる
ことにしたら、わたしの左手はオートマチックに動いて、ハルち
ゃんの右手を握りしめようとしていた。ハルちゃんは、それに気
づくと、そっと振りほどいた、はあ、そうだよな、今のなし、な
しなしなし、とも言えず、顔から火が出そうになっていると、ハ
ルちゃんは「ごめんごめん」と言いながら、体を反転させて、わ
たしの右側に移動して、持ってるグラスを右手に持ち替えて、左
手でわたしの手をふんわり握ってくれた。ラムコークのせいでハ
ルちゃんの左手は少し濡れてそして冷たかった、それがすごく気
持ちよくて、その上、ハルちゃんは、顔をそっと私の右耳に近づ
けて、なんとこう言ったのだ、「このあと、どっか行く?」
 いろいろ考えを整理しなくちゃいけなくて、わたしが答えられ
ずにいると、ハルちゃんは、「ごめん、うそうそ」と謝った。と
りあえず、そこだけは、否定しとかなきゃと思って、「いや、拒
否ってるわけじゃなくて、ただ、答えられないの、すぐに、行き
たい、わたし」と、なんだか後ろのほうが支離滅裂な言葉になっ
たから、ハルちゃんが笑って、わたしも笑った。なんか、それで
十分だなぁ、とか思ってたら、モンが少し怒ったような顔で、や
ってきた。だから、わたし、そっとハルちゃんとつないでる手を
ほどこうとしたら、一瞬、ハルちゃんは意地悪っぽく、つないで
る手をほどかせまいとギュッと握りしめてきて、焦った、けどす
ぐにハルちゃんは離してくれた。
 モンは、「ずっと、待ってたんだけど、なんで来てくれないの
?」と、女の腐ったようなセリフをハルちゃんの前で吐きやがっ
て、なんか萎えた。仕方ない、モンと一緒にいてやるかと、その
場を離れることにした、それでハルちゃんが、いなくなったら、
さっきの「このあと、どっか行く?」は実現しなくなるし、もし、
仮に、待っててくれるんだったら、少しうれしいし、わたしはな
んだかハルちゃんに悪いことしてるのかもしれないと思わされた。
 モンはわたしの手を引いて、フロアの隅の方のテーブルのとこ
までつれてきて、まだ、まちぼうけくわされたことにむくれてる
様子、だから、わたしは、マックスの半分くらい腹が立って、つ
い意地悪心がわいてきた。わたし、モンの体に腕をまきつけて、
抱きつく格好で、耳元で、けっこう大きな声で、昼間のこと、教
えてやることにした。「あのね、わたしね、モンとね、今日ね、
してる時、モンに興奮してたんじゃないんだよ、わたし、ハルち
ゃんのこと想像してたんだよ、モンのアソコがハルちゃんのアソ
コに入ってたことあると思ったら、なんか無性に興奮したんだよ。
わかる? ねえ、これ聞いてどう思う? 興奮する? どんな気
持ち? 教えて?」思いっきり、耳の穴とかに舌入れながら、そ
う言いながら、モンのアソコに手をやると、すぐにおっきくなっ
てくるのがわかって、わかった瞬間、モンがわたしを強い力で押
しのけた。モンが、なんかキチガイでも見るような顔でわたし
をみるから、「おっと、どうして、おちんちんは反応してるのか
な」とは言わなかったけど、確かにそう思った。で、モンは、そ
のまま、店から出ていった。なんか、かわいそうなことしたのか
も、わたし、でも、すぐにわたしはハルちゃん、待っててくれる
かなって、そっちのほうに意識がいった。人をかき分けて、急い
でカウンターに戻って、わたしは、なんだか、安心したような、
不安なような、また、割り切れない気持ちがした。ハルちゃんは、
はにかんでわたしを見た、まだ、ハルちゃんはそこにいたんだ。

 音楽って、思ったよりすごいなって思うのは、音楽がないだけ
で、ハルちゃんと一緒にいると、すこし緊張するってとこだ。ハ
ルちゃんはこういうの慣れてるんだろうか、一応、段階を踏もう
と、どっか別のお店に入ろうかとも思ったのに、わたしは、その
まま、ハルちゃんに誘われるがまま、ハルちゃんの部屋に入った。
 わたしは、なんとなく焦って、今日、もう、昨日か、お風呂で
考えていたことを口走った。
 「わたし、お風呂好きなんだけど」って、始めたら、ハルちゃ
んは笑った。結局、わたしの左耳が聞こえなくなった理由をどう
してハルちゃんは聞かないのか?という質問形で話が終わって、
ちょっとちがうんだけどなぁと思いながらも、その先を続けられ
なかった。ただ、わたしは度胸がないだけで、なんか、核心めい
たおこないに至ることを先延ばしにしたいがために、こんなにだ
らだら話しただけなのかもしれなかった。でもハルちゃんは、す
こし余裕があるように見えた、そして、こう言った。「聞いてほ
しいの?」
 「うん、聞いてほしいんだと思う、多分、他の誰かとかじゃな
くて、ハルちゃんに」
 「じゃあ、どうして、左耳は聞こえなくなったの?」
 わたし、とりあえず、お父さんのこと、思い出せないの、多分、
思い出したくないから、思い出せないっていうのもあるけど、小
さいときに、離れたから、それ以来、お母さんと住んでるの、お
母さんは、優しいけど、わたしはそんなお母さんのことを絶対に
許せない境界みたいなのがあって、それは、お父さんを止めてく
れなかったからなの、お父さんは、すごくわたしに厳しくて、小
さいころから、勉強しろってうるさくて、わたしが、勉強から逃
げ出すと、後ろから追いかけてきて、むりやりひっぱりまわされ
て、机に縛り付けられたの、お父さんはわたしのまえにドンと座
って、掛け算とか割り算とか、問題を出すの、わたしはどうして
もわからなくて、わからないって言うと、どうしてわからないん
だって、右手でわたしのほっぺたを殴るの、何度も何度も、わか
らない、バン、わからない、バン、って、ある時、わたしは限界
に達して、もう殴られてもなにされてもいいやって、お父さんと
一緒に勉強するくらいだったら殴られてもいいやって、すごくバ
カなふりして、わぁわぁわめいて、キチガイの振りしたんだ、そ
したら、お父さんはそれが心底許せなかったみたいで、右手で、
わたしのこっち側を何度も、何度も、殴ったの。それでも、お母
さんは、わたしが殴られてるの、目の当たりにしてたくせに、止
めなかったの。お父さんはわたしのためにしてくれてるって、お
母さんはその時は思ってたんだって、今は、後悔してるって、言
葉では言ってるけど、どうだかわからないよね、だから、わたし
はお母さんをぎりぎりで許せないし、わたしの左耳は、お父さん
に散々殴られて、聞こえなくなったの。
 ハルちゃんは、聞き終わると、笑った。そして「本当?」と言
った。バレーボールとか、中耳炎とか、いろいろなでっちあげの
一つとハルちゃんは思ったんだと思う、そうハルちゃんが思って
も仕方ないくらい、わたしはいろいろな理由をでっち上げてきた
わけだけど、もし、ウソだとして、この話の笑いどころはどこか
なって自問自答してみると、笑いどころが見つからなくて、ちょ
っと焦った。
 「面白かった?」
 「話としてはね」
 「そっか、よかった、頑張って、創りこんだかい、あったよ」
 「でもさ、掛け算とか割り算くらい、ちょっと頑張ればできる
よ、だから、その辺が、すこしつじつまが合わないかな、殴られ
ないようにすることなんて、簡単なんだもん、今の話によるとだ
よ」
 ハルちゃんは、立ち上がって、わたしのためにお酒を作ってく
れた、キッチンに立つハルちゃんの背中の空いたドレスから見え
るハルちゃんの大理石みたいな肌を見ながら、わたしは、どうし
てかわからないけど、ないがしろにされたと思うと同時に、早く
あの大理石な肌と触れ合いたいと思った。ないがしろ5割、エッ
チな気持ち5割で、たいへん困りました。
 「で、本当の理由は、なんなの、教えて?」振り返りながらハ
ルちゃんが言った、わたしは答えず、立ち上がって、ハルちゃん
の後ろから抱き着いて、むりやりキスをせがんだ。
 わたしたちはヘビみたいにゆっくりと時間をかけてした。して
る途中、不意にお父さんのことが思い出されて、すこし涙がでた
けど、目の前にハルちゃんのアソコがあったから、かろうじて、
見られずに済んだ。その格好のまま、ハルちゃんは、もう一度、
「どうして、左耳は聞こえなくなったの? 本当のこと教えて」
と、聞いた。
 「実はわたしむかしボクシングやってたんだ、パンチ受けすぎ
てさ、それで」
 「面白いよ、それ」


(稲垣清隆)

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