夜学後記第3回


先日『映画夜学』第六回を催しました。
ゲストは……、
東宝株式会社は映画企画部・映画製作室長の佐藤善宏さん。
『シン・ゴジラ』のプロデュースを担当された方と言えば、おそらく誰しもそのインパクトを感じていただけるかと思います。


前回、前々回と、夜学の模様をそのまま文字起こししてお送りしましたが、それは登壇者のご好意の賜物。本来、『映画夜学』はクローズドなサロンです。当日当夜、そこで繰り広げられるお話を濃密なものにするためにも、SNS等への書き込みを禁止させてもらっているくらいなので、そもそもここに内容をつまびらかにすること自体に矛盾があるのですが、それも現在邦画界における大メジャーを担う方のお話しともなれば、なおさらのこと、今ここにしたためる筆も鈍るというもの。

一方、今回から少し参加者を募る考え方を変えました。
前回までは、我々の共通の知人を募る枠と定めていたのですが、本年よりもう少しその枠を広げてもよかろうと判断したのでした。
その結果、そもそも知人ではなかった方にも参加いただき、それは有意義なものになりました。

さて、しかし困りました。
一応従軍記者のように、当夜の後記を任されているわけですが、そんなことで、何を書けばいいのやら。
と言いつつ、佐藤善宏さんの夜学を終えて、僕は「東宝」という言葉が持つメタイメージが、百八十度とは言いませんが、鈍角に変化したことは確かです。
少しだけ、ひもとくことにしましょう。

まず、なんとなく手前勝手に持っていたイメージを言えば、映画好きは「東宝」を話題にしないということです。あくまで、なんとなくのイメージですよ、でもそう思っていませんでしたか。
「ウれる映画」が至上命題、映画好きを相手にしているわけではなく、広く知れ渡り、より多くのお客さんを獲得する、これがコンセンサスだと言っても、よほど遠いということはないでしょう。
ところが、佐藤さんに直接お話を伺ったところ……、
驚くことにですよ、内実も全くその通りなんですよ。

ただ僕はそこで気付いたのです。
ちょっと待て、僕たちは「ウれる映画」と「映画らしい映画」(映画好きが喜ぶ映画と言ってもいいかもしれませんね)を比して、優劣をつけていやしなかったか、って。
実は、そんなことは全然ないわけです。両者の間に、優劣など存在しないのです。
唯一、存在するとすれば、「ウれる映画」にしろ「映画らしい映画」にしろ、目的が曖昧、そしてそんな曖昧な目的のためにでさえ、努力の痕跡を残さない映画にこそ優劣があるということだと思います。


そういう意味では、佐藤さん始め「東宝」の映画作りが途方もない努力の賜物であるということが、その人本人の口からあまたの証言を取ることができました。
彼らはウケる原作やネタを日夜探し続けています。年間、少なくとも一人300タイトル近くは目を通すのだそうです。これは実は大変なことで、よしんば300タイトル読めるとしても、それはプロパーならいざ知らず、日々業務に追われる中でそれをするのはなかなか努力が必要なことです。
更には、企画決定に至る道程は、ここでは語りつくせないほどの一段一段、階段をあがくかのような「プロセス」を経ているとのこと。
これはどういうことかと言うと、執拗なまでに多くの意見を聞き、そしてそれを極限まで反映させようとするということです。
僕はこれを聞き及び途方にくれました。
これを「最大公約数」と半笑いで一蹴するのだとすれば、数学にあまり明るくないか、もしくは映画作りに真剣に取り組んでいない証拠になってしまうかもしれません。
そもそも「ウれる映画」を標榜し、現に「ウれる」成果を上げることは、一見侮られやすいかもしれませんが、至難であるはずです。


少し「ウれる」ことと「作品性」を対比し、図式化しすぎて書いていることを自認しながら、もちろんその両者はシームレスに同居するべきだろうという批判も想定しつつ、しかし、我々は気付けば、そもそも「東宝」映画が如何に成立するかということにあまり目を向けようとはしなかったのかもしれないと、僕は最近省みておりました。
そして佐藤さんに直接そんなお話を伺えるという機会に浴し、やはりそこには不断の努力が行われていて、その努力の仕方を知ることは映画作りにとても有効なのだと思います。

頭を抱えるのは、「シン・ゴジラ」は「とてもウれた映画らしい映画」だったということです。
そこには当然、佐藤さんご自身の奮闘が隠されていたわけですが、これを知ることこそ当日当夜その場にいた参加者だけが共有できるサロン的交流ですので、今回の後記はこの辺で筆を止めようと思います。

佐藤さん、本当に貴重なお話しありがとうございました。
こちらにまで足を運んでいただくこと自体に「東宝」の懐の深さ、広さが現れていると皆様に感じていただければ幸いかと。


さて、映画夜学は続きます。
まだ次回は未定ですが、必ずや、これまでの夜学に比肩するそこでしか触れられない交流が生まれるはずです。
興味があればぜひ、ご参加ください。

(文責:いながききよたか)

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