芳賀薫


芳賀薫さんへのインタビュー、最終回です。 たくさんのお話を聞いてきました。 その最後に、芳賀さんの今後のもくろみ、 そして仕事とは?を伺いました。 それでは、今回も、滋味溢れるお話をうかがいましょう。 (文/構成 いながききよたか)

Profile:芳賀薫(41歳)
東京都国分寺市出身
1997年 武蔵野美術大学映像学科卒
CM製作会社ピラミッドフィルム企画演出部を経て、
2004年よりTHE DIRECTORS GUILD に
創設メンバーとして加わり現在に至る。

作品
・キリン澄みきりCMシリーズ
・野菜生活CMシリーズ
・脱臭炭CMシリーズ
・ミニドラマ「階段のうた」season1(TBS) など他多数



最終回

~君の心に影響するだろう~

――じゃあ、改めて、今後、どんな仕事を?何を目論んでますか?

芳賀:今後はね、やっぱりね、
   本当のこと言うとやっぱり映画やりたいね。
   最近すごく思ってるね。小規模でもいいんだけど、
   人間を描くっていうものをやりたいかな。
   映画っていうか、映画じゃなくてもいいんだけど、
   まぁでも結局映画だと思ったんだけど。
   人間を描きたいね。
   人間っていうのは、結局生きて死ぬ動物じゃない。
   若い頃ってそれを感じないじゃない。

――そうですね。


芳賀:生きるってことでしか人生を見ていないっていうか。
   それが、歳を追う毎に、周りも自分の親も年老いていくし、
   おじいちゃんおばあちゃんも永遠にいるわけじゃなくて、
   死んでいくし、友達とかでもね、いなくなるやつもいるし、
   そういうことを色々見てきて、
   ようやく、生きると死ぬことの分量が
   ちょっとだけ近くなってきた。
   結局、生きていることと、
   死んでしまうことのサイクルから出れないわけで。
   そこを、表現の主軸にしてやりたいなと。

――いいすね。

芳賀:やっぱり、そういうことって
   商品の中にはないじゃない?
   モノの中には、命はないから、
   おのずと広告の中には、ない。
   でも、まあ俺の中では、
   『野菜生活』のCMは、
   すごいうまくいってたと思うんだけど。

――よかったですね、あれ。


芳賀:あれは、商品っていうものにまつわる生活
   っていうところでやってて、
   瞬間ではあるけど、
   人が生きるってことを映像にできた気がするんだよね。

――初めは、芳賀さんとは知らなかったんですけど、
  ピンときたCMでした。

芳賀:あのクリエイティブディレクターは旧知の仲で、
   すごくセッションできたから、よかったんだけど。
   そういう場は、なかなかなくてね。
   あの後、そういうことがいっぱいできたらいいなって、
   思ってたんだけど、そんなにないね。

――んー、なるほど。そうかそうか。
  でも、ちょっと、そういう作品も楽しみにしてます。

芳賀:一緒にやれるといいですね。

――そうですね。是非。
  僕もようやく、自分の人生の中で「死」の分量も
  なんとなく増えはじめたっていうか。正に。
  ちょっと遅れてはいるんだろうけど、
  なんとなく、そんな感じはありますね。

芳賀:「死」っていうことだけではなくても、
   自分に、できないものが増えていくじゃない。
   前の方がよかった。例えば、サッカーとか、
   前の方が上手かったりとかさ。
   そういうものが増えていくときに、
   それってひとつの死んでいってることじゃない。
   でも、生まれていってることもあるのかな……。

――僕、よく思うんですよね。
  ちょっと脱線するかもしれないすけど、
  スーパーマーケットにあるトローリーに、
  子どもが乗るところがあるじゃないですか、
  あそこにはもう絶対乗れないじゃないですか。(笑)

芳賀:乗れないねー。(笑)

――一生死ぬまで。

芳賀:うん。

――あの経験、二度とできねんだー、みたいな。

芳賀:だいぶ脱線したね。

(一同笑)


――すいません、じゃあ、ちょっと…

芳賀:でも、わかる。
   その要するに、もうできない、
   別にあんときやりたいと思ってなかったことでも、
   もうできないってことってあるじゃん。

――いっぱいありますね。

芳賀:フツーにいっぱいあると思うよ。
   その、自分に意識してないことだけでも。
   鼻たらして歩くとか。

――(笑)僕らが今やったらヤバイすもんね。

芳賀:ヤバイよね。普通にヤバイよね。痛いよね。

――大人でできるの志村けんぐらいかな。(笑)

芳賀:それが、ギャグとしてやってる
   っていう事前の理解がない限り。

――そうそう、そうですよね。確かに。

芳賀:色んなことがあるよね、もうできないことはね。
   要するに、意図しないままに、
   自分はひとつのストーリーを進んでるってことだよ。
   その中で、自分なりにその瞬間の自分を、
   当然のように演じてるんだと思うんだけど。

――それって、振り返りの作業が
  多くなってきたのかなぁって思うんです。
  若い頃って、
  振り返るってなんかすごいネガティブな
  イメージがあったんですけど、
  べつに、それってセンチメンタルなことじゃなくって、
  結構フラットに振り返るのもそんなに
  悪いことじゃないなぁって最近思うんですよね。

芳賀:そうだよ、そうだよ。
   最初、宇宙のこと考えちゃって、
   それから、自分のいる地面のことを考えてることに
   変わっていくってことに近い。
   宇宙広すぎる、そんなん行けねー、とかって知る。
   だったら、身近なとこにも、
   すごい不思議なものあんじゃん
   みたいになるっていう、その流れと割りと近くて。

――確かに。地に足がついてくるっていうか。

芳賀:そう。それは、ポジティブなこともあるし、
   ネガティブなこともあると思うんだよ。
   星なんて空に貼りついてるだけでいいと思うのと同じで、
   例えば、みんな、色んなことに興味を失ってるから、
   今の政治家なんて、
   全員二世とか三世とかばかりになるんじゃん。
   彼らって、貴族じゃない、もはや。
   みんなそこにたいして目を向けない。
   だから、それは、もう、空に張り付いた星なんだよね。
   その昔、若かった頃は「なんでこうなんだよ!」とか、
   「俺は総理大臣になれねーのかよ」みたいな、
   どうでもいい憤りがあったりしたのは、
   それはそれで正しかったんだよ。
   遠いものとか、
   自分にできないものを見なくなるってことは、
   地に足つくっていう、いい表現もあるし、
   ある種の、近視眼的になってるともいえる。
   でも、近視眼的になったとしても、
   そこをグリグリ掘り起こして、
   「ほらっ」て見せた何かで、
   若者がもっと遠くを見るきっかけに
   なるかもしんないよね。
   新しいものを見い出そうとする力なり、
   間違ってることをひっくり返そうとする力なりがあれば、
   いいと思うんだよ。
   必ず、遠くを夢見てなきゃならない
   みたいなことではないっていう。

――おっしゃる通りだと思います。


芳賀:でもさ、遠くを見て、
   本当に遠くに行く奴はすごいかっこいい。
   最初に言ってた、
   反射神経で物事ができるようになるっていうのは、
   すごく近いことをうまくなることだと思うわけ。
   だけどさ、じっくり考えて、まだ考えてるの?
   っていうくらい考えて、
   自分が今まで考えもしなかったことがわかるってのは、
   やっぱり遠くに行こうとしてるよね。
   それは、すごい尊敬する。

――そうですね。すごくいい話だと思います。

芳賀:そうですかね。
   もう、ちょっと、お話する?
   もうね、だいぶアタマからけむりが出て来てる。

(一同笑)


――じゃあ、最後に、もう少しけむりを、
  出してもらって……。
  すごく抽象的なんですけど、
  芳賀さんにとって、仕事とはなんですか?
  仕事哲学があればうかがいたいんです。
  具体的なことでもいいし、
  ちょっときばったことでもいいんですけど。

芳賀:仕事。仕事ね。

――これは、ちょっと職業とは別で。

芳賀:どういうこと?

――要は、一番初めに、「職業は何ですか?」
  って聞いたときに、
  「映像全般のディレクター。生業はCMディレクター」
  っておっしゃったじゃないですか。
  その生業っていうところは
  ちょっと置いておいたとしてという意味です。

芳賀:そうだね。答えになってるかどうかわかんないけど。
   仕事ってものの反対の言葉って趣味だと思うんだよね。
   仕事っていうのは、誰かに何かを及ぼすってことだよね。
   影響するということだと思うんだよね。
   それは色々あると思うんだよ。
   何かを、このお店で売れるようにするっていう仕事とか、
   色々あるけど、僕が担いたい仕事は、
   やっぱり、心に影響すること。
   誰かが、生きてく上で、ひとつのひらめきになったり、
   ポジティブになったり、深く考えるようになったり、
   心に対して何かを影響させて、何かを残すこと。
   それをやったことで、俺は仕事したんだなって思いたい。
   で、今やってるCMの中でも、そういう感覚を持って、
   この商品を通して、僕は仕事したって言えるようでいたい。

――なるほど。地続きだってことですよね。

芳賀:そう。それが地続きであるようにしたい。
   例えば、もし映画を作るとしても、そうしたい。
   単純に、この人がかっこいい!
   という映画が作りたいわけじゃなくて、
   この人がかっこいいって見えることの手前に、
   やっぱり、この生活、この生き方は、
   君の生き方に、君の心に影響するだろう、
   っていう、そこをできて、
   仕事したっていう風に、思いたいね。

――いいですね。今日はありがとうございました!

芳賀:ありがとうございました!




編集後記

芳賀さん、お疲れ様でした。
インタビューにお付き合いくださり、ありがとうございました。

芳賀薫さんとの出会いは、4年前にさかのぼります。
とある企画をご一緒させてもらいました。
結局それは実現しなかったのですが、
その仕事を通して、一番の収穫だったことは彼との出会いでした。
芳賀薫さんは、僕にとって初めて出会うタイプの監督さんでした。
普段、CMをつくっていらっしゃって、
まさにそのど真ん中を邁進している方って、きっと、
いわゆる「マーケティング」よりの
人だろうなと想像していたのですが、
生の芳賀さんは、全然違いました。
全然違って、どちらかというと、
「マーケティング」とは真反対の人だったのです。
それは、このインタビューを眺めれば、
ひしひしと伝わってくるのではないでしょうか。
あらためて、こういう場を設けて、芳賀さんのお話を聞いてみて、
僕は、そのひととなりを再確認できました。
芳賀さんの中には、
整合性と不条理、合理主義と経験主義という
一見、相反している物事が同居しているんだと思います。
言葉は非常にシンプル、
けれど、その背後に非常に複雑な感情を隠している。
それは、クリエイターにとって、
とても大切なことだと思います。
シンプルな想いだけをシンプルに言うことはつまらないし、
複雑な気持ちを複雑に言うことは、とても簡単なことです。
言葉尻をとって、すぐに早合点してしまわない忍耐と、
いかに早く分岐点をかけぬけられるか。
僕は、このインタビューを通して、
そういうことを芳賀さんから学ぶことができました。
みなさんは、いかがだったでしょうか。




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