サキタハヂメ


サキタハヂメさんへのインタビュー第二回です。
サキタさんのご職業は、ノコギリ奏者かつ作曲家。
知れば知るほど深いノコギリの世界。
お話はどんどんころがり、華麗なるその日常、
更には異色のサラリーマン時代へと、
突入していきます。
それでは、滋味あふれるお話を、今回もうかがってみましょう。

(文/構成 いながききよたか)

第二回

~『おもろいことを当たり前にしたヤツが、
            歴史を作っていくんだな』~

―― 話は変わりますが、
   作曲家の日常というものに興味があります。

サキタ:日常? 日常か……。

―― たとえば、決まった時間に起きて、
   決まった電車に乗って、会社に行って、
   こういう仕事をしてるみたいな、
   サラリーマンの方だったら、
   そうかもしれないですけど、
   作曲家、ノコギリ演奏家っていう
   仕事の日常風景って、どういうものなのかなという。

サキタ:まず、子供が起きる時間に起こされて、七時くらいかな。
    それで、自分のやってる『シャキーン』(※1)を見て、
    『シャキーン』終わって、
    『はなかっぱ』(※2)見ちゃうと、
    学校に遅れてしまうので、始まると同時に消し、
    八割くらいは、
    奥さんが子供を送りに行ってくれてる。
    奥さん八割、俺、二割。
    俺がやってるとか言ったら絶対怒られるから(笑)、
    で、その後、家から歩いて二分くらいの
    スタジオにこもって、曲作りですかね。
    割とそんな感じですよ。隔週で大阪二本と、東京と、
    ノコギリ教室があるんで、それに夜出てくるくらいで、
    あと、なにしてるんでしょうね。

―― 作曲している時って、どうしてます?
   たとえば、机に向って、
   んー、とかってやってるのか、たとえば、
   散歩してると浮かんでくるって言う人もいるだろうし、
   サキタさんなりの作曲のコツっていうか、

サキタ:あ、もうそれは、
    インスピレーションを待つとかはなくて、
    いつでも降りてくる。

―― はー!



サキタ:それはすごい便利だなと思う。
    なんでしょうね、なんにもないときは、
    なんにもやらない。
    今、やらないと怒られる状況になると、やる。

―― 降りてくるんですか?

サキタ:そう、降りてくる。
    その時に降りてくるから、その時に出す、
    みたいな。で、ちがったら違うって言われる。
    あんまり違うって言われなくなってきたので、
    だいたいあってるかんじかな。

―― じゃあ、絞り出して、このメロディ、
   っていうんじゃなくて、降りてきて、
   選定作業みたいな感じですか?

サキタ:選定作業か……、なんでしょうね。
    僕の場合は自分の好きなメロディとか
    これがいいと思ってやれる
    お仕事が多い。昔は在ったんですよ、
    全然自分の畑とは違うものが。
    『サキちゃん、これ、
    ファットボーイスリムみたいな感じでやって』とか。
    『ファットボーイスリムに言えよ』と思ったんですけど。
    そういうのは十何年前は時々あったんです。
    それはそれで面白いし、そういうのやらせてもらって、
    ちょっとは勉強にはなったけど、
    やっぱり、なになに風にって言われることって……、
    ねえ?。
    昔、武満徹さんが、黒澤明氏の映画を担当して、
    『これはマーラーみたいにやってよ』って言われて、
    キレて、そのまま、一切やらなくなったみたいな、
    『マーラーに言え』みたいな。
    『死んどるわ』言うて(笑)

―― あれ、かっこいいですよね

サキタ:かっこいいよね。やっぱり、それはね、
    デリカシーの問題であって、
    マーラーみたいにって言うなよ
    っていうところなんですよ。
    マーラーみたいにと思ってても、
    『あなたの中にある壮大な感じをいただけませんか』
    みたいなオーダーの仕方があるじゃないですか、
    ねえ? 相手もアーティストやし、
    こっちもアーティストなんやから。
    そう、前にありましたよ、なんやったけな、
    エクササイズでさ、一時期、流行った、なんやったっけ?

―― ビリーズブートキャンプ?

サキタ:そうそうそうそう、ビリー隊長のやつ。
    あれみたいな感じでって言われて(笑)、
   『シャキーン』の最初のエクササイズが始まったんです、
   『声クササイズ』というやつです。
    声を出すエクササイズをやりたい、
    ビリー隊長みたいにって言われて、んー、と思ったけど、
    知らんかったから、見てみた。
    見たけど、やれリズムパターンがどうとか、
    アレンジがどうとか、関係ないなと思ったから、
    自分なりのやりかたでやったんですけど……、
    まあ、とにかく、なになにみたいなっていうのは、
    アーティストさんにお願いするときに、
    とても失礼なことというかね。
    すごく分りやすい場合もあるけど、
    すごいプロデューサーさんって、
    上手にそこを言って下さるじゃないですか。
    この人はもう既にこれみたいにって
    思ってるんだろうなってこっちが思っちゃうくらいに。

―― じゃあ、今は、そういうオーダーは少ないってことですか

サキタ:うん、少なくなってきた。
    サキタさんのって言われるようになってきた、
    ありがたいことです、ほんとに、

―― それは、さっきのノコギリ名刺説
   っていうのがある気がしますね。

サキタ:ある、絶対ある。
    今年になって急にいろんなことが同時に動きだして、
    去年のうちに相当俺の名前が会議に
    出されたんだなっていう感じがあり、
    『こわー』と思ったんですけど、その時に多分、
    『ノコギリの子』って言われてたんやろうな、なんか、
    ありがとうございますみたいな感じなんです。
    必ずその人に、『うわ、これできっかな』
    って思うようなことが来るタイミングがあるって、
    よく言うじゃないですか。
    それはその時にあんたがクリアしといたら、
    この先に絶対いい扉が開くんだよっていう話。
    僕、サラリーマン時代に、社長セミナーっていうのに、
    よく連れていかれたんです。
    うちの社長、呉服屋の社長やったん
    ですけど、とっても社長セミナーが好きな人で、
    いつもカバン持ちで、
    『おいサキタ来い』とか言われて、
    社長セミナーっていったことあります?

―― ないです。

サキタ:おかしいんすよ。
    社長さん達というのは、自分と、孤独と、
    社員と、会社と日々闘っているわけですよ。
    自分がやっていることの大義名分が欲しいというか、
    自分の生きている意味というか……、
    職業をやってる意味というのが
    ちゃんと欲しいんですよね。
    おもしろかったですよ、
    経営のどうのこうのという仰々しい
    タイトルがついてるセミナーで、
    社長さん達が百人くらい集まって、先生がいてね。
    お昼にお弁当が出るんです。
    社長やから、豪華な弁当なんですよ。
    で、お弁当食べて、お昼が終わって、
    『みなさん、今、お昼にお弁当召し上がりましたよね?
    お弁当の中に、なにが入ってましたか?
    全部ちゃんと答えてください』
    って先生が言うんです。
    答えられた人は一人もいないわけですよ。
    『みなさんは、日常にある幸せを全く感じてない。
    だから、みんな悩むことになってるんです』
    っていうことを、そのあと、三日間、
    えんえんと喋った先生がいたんです。
    ものごとの考え方とか、伝え方、
    あと、ありがとうという言葉に対する大事さとか、
    掃除をすることの大事さとかを一週間かけて喋る。
    『言い方やなあ』と思って。社長セミナーのおかげで、
    たとえば、ああもうめんどくせえと思っても、
    いまこれを乗り越えたらこうなるんや!みたいな、
    すげーポジティブになんでも考えれるような
    おめでたい脳になって……。

―― サラリーマンの時代があったんですね

サキタ:ありました。
    大学時代、ずっとチンドン屋三昧だったんです。
    ただ、このままチンドン屋になると、
    相当な偏った人間になると思って、
    『就職します』って親方に言ったら
    『サキタくんは、それがええと思う』
    って言ってくれたんです。
    それで、船場の呉服問屋に就職することになって、
    五年半、勤めながら、自分のバンドもやり、
    ノコギリもやり、仕事が終わったら、
    すぐスタジオに行くみたいな、そういう感じでした。
    サラリーマンは楽しかったけどね。

―― 楽しかったんですね、意外です。

サキタ:楽しかった!でも、もう、戻りたくないけどね。
    絶対、戻りたくない。
    でも、呉服問屋っていうものってちょっと
    イメージわかんでしょう?

―― わかないですねえ

サキタ:呉服問屋ってね、アウトプットの扉は相当狭いんですよ。
    僕は呉服問屋の儀式用品といわれる部署にいたんです。
    家紋ってあるじゃないですか? 家紋入りの風呂敷とか、
    広蓋(ヒロブタ)とか袱紗(フクサ)とか、
    そんなものが売れるんです。
    まあ、だいぶ売り上げも減ってましたけど。
    家紋入りのお道具っていわれるものを全国の結納屋さんに
    降ろすっていう仕事をしてました。
    現代の感覚にはない呉服と言われる日本古来のものを
    扱うっていうことで、
    歴史のことも知るし、それと、この会社の社訓には、
    すごい面白いのがあって、
    『世の中になくてもいいものを売る』
    っていう項目があった(笑)すばらしいと、それや!と。

―― なんか、我々のような仕事に通じるものがありますね。
   『世の中になくてもいい』という部分が。



サキタ:あるんですよ!
    世の中になくてもいいものを売るには
    どうしたらいいかということを考えろという。
    ノコギリなんて、別に、ぜんぜん世の中になくてもいい。
    そこをどういうふうに、
    価値とか、喜びとか、楽しさとかを
    考えていったら、売っていけるか、仕事になっていくかを
    考えるということは、呉服屋にいて学んだことです。
    もう一つだけ、話すと、
    還暦に、赤い頭巾とちゃんちゃんこを着ますね? 
    六十歳というのは、十二年の干支がひと回りして、
    もっかい赤ちゃんに戻るわけですよ。そこでね、
    うちの会社にアイデアマンの専務がいて、
    とある結納屋さんに、
    赤だけやと面白くないから、
    他の色も作ろうじゃないかってことに
    なったんです。分りやすいのは、99歳の白寿ですよ。
    これは白でいいじゃないかと。じゃあ、白を作ろう。
    んで、88歳の米寿があるじゃないですか。
    それは、ベージュ色でいいじゃないかって(笑)。
    『ベージュはちょっとどうですか』、
    『じゃあ、ベージュに一番近い日本の色で、
    金茶色にしましょう、あははは』
    なんて半分冗談みたいに作ったやつが、
    今ね、儀式用品のカタログに、
    『古来より、米寿、金茶色』って書いてあるんです!
    『違う、これギャグで考えたんや』。
    でも、すげーって思って、歴史とか、しきたりとかは、
    商売人が考えるんやなと思います。
    おもろいことを考えて、
    それを当たり前にした奴が、歴史を作っていくんだなと。
    だから、ノコギリが、
    どこかの日本の伝統的な祭りに入ってもおかしくない。
    『なんか昔からノコギリ使うんすよね』っていう、
    ノコギリが入ってる祭りみたいなもんを
    作れる可能性があるなという気がしてて……。
    富山県に風の盆というお祭りがあるんです。
    そこで、小さい三味線のような胡弓というものが
    使われるようになった。
    それはとある一人の男の人が上方大阪から、
    胡弓を自分の奥さんの出身地、富山県に持って帰って
    広めたんです。
    だから、今、胡弓のお祭りみたいになってるんですよ。
    いけるなぁと思って。

―― 面白いお話ですね。



サキタ:そうなんです。たとえば、ノコギリは、
    水の中で弾くと発想するとします。
    すると、五十年後ね『なんでかわかんないけど、
    水の中でみんな弾くんですよね』
    みたいなわけのわからない未来になったら
    おもしろいじゃないですか。
    そういう発想で、未来は変わる。宇宙戦艦ヤマトの、
    航路が一度違ったら、何時間後に、
    何光年か離れてるみたいな
    話がありますよね。今ちょっとこっちに舵をきっとけば、
    明後日の方向のすごい未来があるような気がしてて、
    そういう想像や空想すんのが、趣味なんです。
    誰のためでもないんですけど(笑)。

―― じゃあ、呉服問屋と音楽ってかけ離れてますけど、
   繋がってるんですね

サキタ:僕の中では繋がるね、僕の中では変わりがない。
    いろんなことを経験したことで、
    ポジティブに考えれるように
    なりましたね。会社のパートのおばちゃんとかって、
    不満ばっかり言うてるんですよ。
    ずっと、愚痴ばっか言うてて、
    最初はそういう話、面倒くせとか思ってたんですけど、
    ある時、おばちゃんらの会話をイタリア語や
    と思うようにしたんです。
    この人らイタリア語で喋ってるナポリ人や
    と思うようにしたら、
    けっこうおもしろなってきて、仲良くなったりして、
    考え方やなと思って。
    話もどしてくださいね、
    どんだけでも脱線してしまうから(笑)


(※1)『シャキーン!』……NHK教育テレビで放送されている子供向け番組。
サキタさんが音楽を担当している番組のひとつ。

(※2)『はなかっぱ』……あきやまただしによる絵本作品。
NHK教育テレビでテレビアニメが放送されている。

(第三回へつづきます)



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