サキタハヂメ


いつの日からか、仕事をするようになって、
時折、悩んだりするとき、
誰かの話を聞いてみたくなることがよくあります。
そういえば、昔から、なにかの仕事をしている人に興味があって、
いつか、いろいろな人に話を聞けたらなと思っていました。
その道に長けた人々の話に耳を傾けると、
なぜか聞いた後、ちからをもらった気になります。
自分の仕事に戻った時、
気持ちが安定していることがよくあります。
ここは、そういう意味での、「職業安定所」でもあり……。
ということで、これを機会に、
さまざまな仕事人、職業人から、
滋味溢れるお話をうかがいましょう。

初めてお越しいただくのは、サキタハヂメさんです。
さて、その職業は……?

(文/構成 いながききよたか)



第一回

~ノコギリが、響く居場所を探してる~


―― 一番初めに聞いてみたいのは、
   名刺は持っていますか?という質問です。

サキタ:名刺ですか? 
    基本は持ってないんですけど、
    昔、おもしろがって作ったやつが一応、あります。
    渡しといたほうがいいっていうときは、
    渡すこともありますね。
    映画とかドラマとかやったりする時、監督とかに。
    けど、基本的には、もってないです。

―― 昔、作ったものは今も、使ってらっしゃるんですか?

サキタ:こないだ、二枚だけ、出てきたのがあって、
    渡しましたけど……。

―― 見せてもらうことはできますか?

サキタ:普段持ってないんですよ、
    僕みたいな仕事っていうのは、
    音楽にピンときてくれたら、探してくださるから。
    そうなるように、名刺なしでもやれるようにしようと
    思ったことはあります。
    本当は、めんどくさくて作ってないだけですけど(笑)。
    でも、名刺自体はかわいくていいと思うんですけどね。
    自分のロゴマークとか入れて、
    総天然色で木に上ってノコギリ持ってるやつとか。

―― 名刺を持たない理由はありますか?

サキタ:そうですね、たとえば、
    僕のノコギリもそうやし、メロディもそうやし、
    個性がちゃんと出ているものであれば、
    大阪にいようが、引っこんでいようが、
    思いだしてもらえる。
    そういうふうになりたいって感じですかね。
    名刺なしで、ピンときてくれる音楽を作るというか。

―― すでに、ノコギリというワードがちらほら
   出てきたんですけれども、
   ずばり、あなたの職業はなんですか?

サキタ:まあ、やっぱり、ノコギリ演奏家と作曲家でしょうね。
    他にプロデュースとか、
    音楽にまつわる総まとめをすることはありますけど、
    やっぱり、曲を作って、
    ノコギリを演奏するっていう二本柱かな。
    そこは、シンプルですね。

―― 今、お二つ、出てきたんですが、
   作曲家っていうのは、一般的でも、
   ノコギリ奏者っていうのは、普段なかなか出会わない……。

サキタ:出会わない!

―― サキタさんの思う作曲家って、どんな存在ですか?

サキタ:最近、『あ!作曲家なんだな』と思ったのは、
    人に依頼されるようになってきたということ。
    そこには一つお願いされているっていう
    ありがたい状況があるからなんですよね。
    好きで音楽を作っているアマチュアの人も
    たくさんいるけど、
    その人らがすべて作曲家なりコンポーザーかと言うと
    それもちょっと違うかもわからんし……。
    あと、僕、メロディは割とすぐ出てくるんです。
    今、ここでって言われたら、すぐ出せる。
    ただ、アレンジに関しては、
    すごい技術がいると思います。
    例えば、この『ふーん』って歌ったメロディを、
    ビッグバンドにアレンジしてくださいとか、
    これをオーケストラにやってくださいとか、
    もっとテクノみたいな感じでとか、
    オーガニックな音楽でとか、(笑)
    『おっしゃってることがわからないんですけど』
    みたいな、
    いろんなことがありますよね。
    ただ、一旦、自分で浮かんだ音楽は、
    全部、一応最初から最後まで、
    自分で作れるっていう段階にならないと
    僕はいややったんです。
    いろんなジャンルの音楽があって、
    これはその道の専門家に頼もうよっていうのは
    一つのやり方やけど、
    いったん、時間がかかっても、
    浮かんだものを全部自分で作るっていうように
    したかった。
    ほんとは人に任せるべきかもしれませんけど、
    フルート奏者が吹くパート譜みたいなやつまでも、
    一旦自分で書いてみれるようになりたいと思ってて、
    やったらやったで死ぬ思いなんですけど(笑)。
    それがいったん自分でできるってなってから、
    よし、ここは人に任そうということに
    なりたかったんですよ。
    シンガーソングライターの人とかっていうのは、
    歌は歌えるけど、
    アレンジは人に任すっていう人が大多数なんで、
    なんていうのかな、それは一つの考え方だけど、
    そういう人たちも作曲家と呼んでいいのか
    どうなのかっていうのは、
    ちょっとありますね。

―― なるほど、作曲家として、一概に曲を作るといっても、
   いろんなやり方があると。
   どこから、どこまで人に任せるか?ということですかね。

サキタ:どこまで任せるかもそうやし、
    どこまで任せないかっていう。
    昔の作曲家さんてやっぱり自分で編曲も
    全部してたわけですよ。
    でも、アレンジャーという仕事が出て来て、
    むしろアレンジは人に任せるという
    ようなことになってきた。
    自分はこういうふうに作ったのに、
    アレンジを人に任せたら、
    全然違うようになったという思いになることもあるし、
    昭和の歌謡曲みたいに、
    このアレンジのおかげで
    すごいヒットしたという曲もあるし、
    そういう意味では、
    いろんなやり方はあると思うんですけどね。


―― アレンジャーというのは、いわゆる、
   クレジットに見る『編曲』って書かれてあるあれですか?

サキタ:そそそ、あの編曲家と言われる人ですね。

―― 自分で作った曲を、アレンジャーさんに任せたら、
   全然違う曲になるっていうことは、あるんですね。

サキタ:オーダーの仕方にもよりますけどね。
    だから、ちゃんと分ってくれてる編曲の人やと、
    すごくいいんだけど。
    大阪の河内長野っていう町から依頼された曲があって、
    ブラスバンドと合唱百二十人くらいでやるんですけど、
    その町の曲を、ちょっといいかなぁと思う人に、
    一度アレンジをお願いしました。
    どういうふうに書いてくるかなと、
    あえてあまりオーダーしなかったんです。
    そしたら、案の定、あかん方にきて、
    『すいません、そっちじゃなくて、こっちなんです』
    ってちょっと説明したら、
    素晴らしいものが返ってきたんですよ。
    だから、こっちがちゃんとわかってオーダーしんと、
    こういうふうになる。
    でも、デモを打ちこんで、
    こっちの方向でって伝えても、
    あかん方になることもある。
    だから、やり方はいろいろですね。
    アレンジャーさんの中には、
    ほんといろんな音楽が流れてて、
    そこが、なんていうのかな、職人ですかね。

―― アレンジャーさんは職人ですか。作曲家は……。

サキタ:作曲家は、職人に憧れているところも
    ちょっとありながら、
    職人さんだけにならないアーティストっていうか、
    もっと人の考えないことをやりたい、アイデアとか、
    面白さの核になるものを、作りだすってことかな。
    たとえば、料理で、
    『見て、この魚、これ、どう食べる?』っていう、
    その『どう食べる?』はアレンジやけど、
    『この魚! こんな黄緑の魚、見た事ある?』みたいな、
    その黄緑の魚でありたい。
    けど、『黄緑の魚だけでありたくない』
    みたいなこともあって、
    なんかそこが、やっぱり、欲張りなんですかね。

―― 作曲家っていう言葉からイメージすると、
   お一人の作業で、完結するのかなって思ってたんですけど、
   作曲の過程で共同作業もあるってことですね。

サキタ:うん、そう。
    共同作業の場合もあるし、
    自分一人で完結させることもあって、
    僕の場合半々ですかね。
    自分一人で全部打ちこんじゃって、
    自分の手で弾いて、唄うこともあるけど、
    たとえば、オーケストラの人達呼ぶとか、
    じゃあ、誰が、譜面をコピーしてくれて、
    譜面たててくれるのか、とか、
    何十人もいるオーケストラの人達を
    だれが集めてくれるのか、とか、
    レコーディングするエンジニアの人が
    どういう人なのかとか、
    その人は、段取りよく録ってくれる人なのかとか、
    共同作業の部分は多いですね。

―― ノコギリ演奏家であり、作曲家であるということで、
   他の作曲家さんと違いはありますか?

サキタ:やっぱり、両方やっててよかったなと思います。
    僕、メインの楽器はギターやったんですよ。
    ギターも普通に弾くんですけど、ギターだけやったら、
    多分オーダーされなかったかもわからん
    という作品が多い気がする。
    ノコギリのことで、みんな知ってくれて、
    『こんなタイプの曲書くんだ。合うな』
    って思ってくれて、
    『今回はノコギリじゃなくてもいいですから』
    っていう依頼とか。
    だから、ノコギリは、名刺みたいになってるかも。
    今、俺、いいこと言いました!  そうだ! そうかも、
    サキタの名前は忘れても、
    みんなノコギリは覚えてるっていう感じがありますね。


―― 名刺はノコギリですか! 面白いですね。
   ノコギリを弾いている、弾いていないということで、
   作曲する上で、なにか違いはありますか?

サキタ:ちょっと、専門的になるんですけど、
    自分のノコギリが響く居場所をずっと探してるんです。
    とにかく、鍾乳洞とか、トンネルのような場所です。
    響きを、テーマにしている。
    ノコギリ一本が、すごくいい空間で、
    パーっと響いた時が、
    一番美しくなると思ってるんです。
    でも、やっぱりいろんな音楽があって、
    演歌の中やとノコギリが
    こう入ったらもっといいんじゃないかとか、
    ボサノバの中にやったら
    こう入ったらいいんじゃない?とか、
    オーケストラやったらどうかとか考えてるんですけど、
    後ろの人達の音楽が、厚くなればなるほど、
    ノコギリの居場所が少なくなってくる気が
    してたんですよ。
    実際に、今まで失敗もしてきてて、
    ビッグバンドと一緒にやったとき、
    もともと古いビッグバンドの音楽のボーカル部分だけを
    ノコギリでやらしてもらったことがあったんですよ。
    それが全然駄目で、もちろん、
    音楽としては成り立つんですけど、
    お客さんに全然届かんというか、
    『それ、普通、歌の曲やんね、
    それをノコギリでやって面白い?』みたいな、
    直接言われた訳じゃないけど、
    全く届いてないわと思って。
    これは、自分のノコギリをちゃんと
    歌わす勉強しないといけないと思いました。
    後ろのアレンジから、どういうふうに、
    音を積んで行ったら、
    僕のノコギリがちゃんと活きるかっていうことを、
    現場で勉強しないと思ったんです。
    机で勉強してもだめで、現場で勉強しないと、
    なかなかこれは伝わらんねんなと思います。
    そういうふうに、音の積み方の、
    一番いいところを、探そうとする癖があるんです。
    おそらく、音大で勉強してきた人たちは、
    そういう基本を、
    勉強されることもあると思うけど、
    結局はみんな現場で学んでいかれることだと思うんです。
    自分でノコギリの居場所が
    どこだろうって探すことって、逆に、すごく、
    各楽器の個性を勉強できることに
    なってるんかなと思うんですよね。
    ノコギリのおかげでね。

―― 実践で勉強していくというか、
   感覚をつかんでいくしかないと?

サキタ:そうなんですよ。ギターとかやとね、
    すでにやり方のハウトゥがあるんですけど、
    ノコギリをオーケストラで鳴らした人がいないので、
    人に、聞けないんですよ。
    聞いても、え?みたいな(笑)。
    とある作曲家の作品で、
    出光のCMをやったことがあって、
    ウルトラマンが出てくるんですけど、
    「やったー、ウルトラマンに、
    ノコギリの音楽つけれるんや、やったー、
    いやー、宇宙っぽいのやりたかったんや!」ってなって、
    で、オーケストラ、ふわーってきて、
    ノコギリでメロディ弾いたんですよ。
    すごい演奏とか曲はよかったんですけど、
    オンエア見たら、ノコギリ消されてたんです。


―― えー! それはどれくらい前ですか?

サキタ:十年くらい前かな。
    今やったら、どういうふうにノコギリの音を、
    乗っけるかっていうテクニックがわかるんです。
    ただ乗っけるだけやと、
    すごい違和感になってしまうので、
    そこに一つ僕は、ここ十年くらいで、
    自分なりのやりかたを見つけた。
    いまやったら、絶対、
    ウルトラマンできたのにっていう、悔しさがすごいある。
    ちょくちょくそういう、
    残念な思いとか悔しい思いをしてて……

―― そのやり方は、どんなものですか?

サキタ:んー、これは、なかなか口では
    言いにくい部分なんですけどね。
    歌手でも、たとえば、
    椎名林檎さんやったらこのマイク使うとか、
    美空ひばりさんやったらどれでも大丈夫とか、
    その楽器その楽器のやり方があるわけですわ。
    しかも、ほら、アイツ(ノコギリ)は
    楽器やないっていうヤツなので、
    アイツ(ノコギリ)を果たしてどうしたらいいか……、
    高い所はどういう処理した方がいいかとか、
    どういう場所で、どういう響きで、
    録ったらいいかっていうことって、
    その当時の僕はまだ、
    『やりたい! やってみたい!』と思ってただけで、
    どうしたらいいかわからへんかった。
    でも、いまやったら、すごい自信がある。
    マニアックな話で、口では説明しづらい部分です。

    (つづく)

Profile:サキタハヂメ

 200年の歴史を持ち、過去にはチャップリンなども映画で使った
「のこぎり音楽(ミュージカルソウ)」の美しさに魅せられ、
日本のみならず世界のトップに立ち演奏活動を行っている。
1991年、東京ののこぎり演奏家 都家歌六氏の演奏に感激、
のこぎり音楽を独学で習得する。
 音楽活動としてはサキタがギター、新谷キヨシがピアニカを
演奏するアコースティックデュオ「はじめにきよし」で
1995年に活動を開始。
そのユニットの中でのこぎり演奏を始める。
「はじめにきよし」は「お気楽鼻唄ミュージック」と称され
現在もコンサートや映画・テレビ挿入曲、
大手企業のコマーシャルを
担当するなど活動を続けている。
2004年頃からサキタは「はじめにきよし」の活動を続けながら、
一方でのこぎり演奏家としてもソロ活動を始める。
日本初ののこぎり音楽フェスティバルを開催するなどの活動と
その音楽性の高さが評価され2005年には大阪市「咲くやこの花賞」大衆芸能部門を受賞する。
世界でもその実力は評価され
1997年と2004年アメリカ・サンタクルズでの
ミュージカルソウ・フェスティバル(のこぎり音楽世界大会)
で2度優勝をしている。
ボードビリアンの演奏する芸としての
評価しかされていないミュージカルソウを
「ヴァイオリンにも負けない美しい演奏のできる楽器」
とするためのサキタの挑戦は、
その演奏技術、テクニックを磨くことはもとより、
世界初の「のこぎり協奏曲」を自ら作曲、編曲も行うことになる。2008年東京にてロイヤルチェンバーオーケストラ、
2009年セントラル愛知交響楽団、
大阪シンフォニカー(現・大阪交響楽団)とともに演奏を行う。
ミュージシャンとしての活動を続けるかたわら、
作曲家、音楽プロデューサーとしての活動でも評価は高く、
NHK教育テレビ「シャキーン!」(毎朝月—金放送)の音楽は
2008年の放送以来
現在もサキタが担当をしている。
河内長野ラブリーホールでのミュージカル
「ムーンライトミステリ−」の全曲を作曲、編曲、
自らのバンドで指揮・演奏。初めてのジャンルに挑戦した。
その後も劇団ひまわり、ジャニーズ音楽事務所などの
制作するミュージカル、歌劇、芝居に音楽提供。
   日本テレビドラマ&映画「妖怪人間ベム」、
日テレ24時間テレビドラマスペシャル「車イスで僕は空を飛ぶ」
(2012年8月放送)、
NHK-BSプレミアムドラマ「ただいま母さん」
(2013年2月放送)の音楽も担当した。
2008年2月アルバム「MUSICAL SAW SONGS “S”」、
2011年4月にセカンドアルバム「SAW much in LOVE」を発売。
演奏家として、
作曲家として日々その成果を着実に世に送り出している。
平成23年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)
受賞。
2014年1月には誰でも知っているクラシックの名曲をのこぎりで
カバーしたアルバム
「SAW CLASSIC 1」と「SAW CLASSIC 2」を2枚同時発売。
4月からNHK総合で9週連続放送される木曜時代劇「銀二貫」の
音楽も担当が決まった。
2014年後半はニューヨークへ。
そこから活動の場を世界に広げようとしている。



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