ジブリ


最近、ジブリ地獄天国に陥っています。
世のパパ方は、人生に一度、このジブリ地獄天国に堕ちることで
しょう。なぜなら、日本に住むありとあらゆる子供が幼少期の一
時期、『ジブリアニメ無限ループ病』にかかるからです。この病
には、予防接種はありません。『DVDを与えない』という対処
療法しかありません。しかし、病魔はあらゆる隙をつき、するり
と日常に忍び込みます。
この病にかかると、『ジブリごっこ』という魔の遊びにも付き合
わなければならなくなります。子供というのは恐ろしいです。同
じジブリ作品を際限なく鑑賞するため、ほとんどセリフを覚えて
しまいます。
この間は『魔女の宅急便』のジジ役を延々とやらされました、何
度も何度も。その前は『崖の上のポニョ』の宗助役でした。
うちの『ジブリ病』は、「パンダコパンダ」に始まりました。次
に「ポニョ」ときて、その次は、「千と千尋」。「トトロ」を経
て、現在「魔女」進行中。
何を隠そう、僕の世代はジブリと共に成長したと言っても過言で
はありません、そんなジブリパイセンからしてみたら、「なにそ
のセレクト」と思わないでもないですが……。

そうです、まさしく、僕は子供のころからジブリ(まあ、という
か、宮崎アニメつうことですが)で育ちました。
「ナウシカ」が、84年だから、7歳。その後、「ラピュタ」で、
9歳、「トトロ」で11歳、「魔女」で12歳。ここらへんが、
コア時代ですね。
その後、思春期を迎え、「豚」辺りは少しお休みをいただいたの
ですが、およそ5年のブランクを経て、「もののけ」で見事復帰、
以来、38歳になるまで、封切り時は欠かさず劇場に駆けつけま
す。
「息子よ、ジブリに関しちゃ、俺の方が筋金入りなんだからな」
と、心のどこかで、パイセン魂が疼かないこともありません。

僕がジブリからもらったもの、それは、エコロジカルな思想でも、
左翼思想でも、反戦思想でもありません。なんといっても、女の
子のタイプです。
僕がジブリを思い浮かべるとき、非常に悩むことがあります。
「お前は結局、誰が好きなんだて!」
やっぱりナウシカだよなぁ、あのアネきゃらで罵倒されたい。い
や、シータでしょ、健気さナンバーワンだもん。いや待て、サツ
キも健気だぞ……、おい!やっぱりキキだろ、ツンデレでおまけ
に魔法少女ときたもんだ……。サンを忘れていやしないかい、中
世に現れたケモノ少女にして究極のツンデレ……。
「そんなもん選べるわけないがや!」

とはいえ、宮崎アニメのヒロインには、おおまかな共通項がたく
さんあります。
ショートで(ないし物語中にショートカットになって)、くせ毛
で、手足が細くて、理知的で、しかも抑制が効いている。
少女性と女性性のはざまで揺れる女の子、これが宮崎アニメヒロ
インの属性であり、そっくりそのまま、思春期の僕の女の子のタ
イプでした。
これを『ジブリっ娘』と名付けましょう。

しかし、現実に、そんな『ジブリっ娘』がいるわけ……、いや、
いました!

中学生の頃のことです。
僕は、とある私立の男子校に通っていました。校舎までは電車で
一時間の道のり。毎日、(いまだに覚えています)午前7時3分
のローカル線の前から2両目に乗って登校です。
車内は、ピーク時の半蔵門線も真っ青な乗車率、会社員と学生で
ごった返しています。
中には可憐な女学生も混ざっておりました……。
僕の通っていた中学校は中高一貫の男子校です。わが学園には男
子部、女子部があります。しかし、いずれも、生徒間の交流はあ
まりありません。それに、学園内格差というのがありまして、男
子部といえば、もう下の下でした。学力も中途半端、イケてもい
ませんし、運動も全然ダメ、大方の生徒が素行不良と来ています。
それに比べ、女子部の学力は全国的にもトップクラス、品行方正
で、まさに女子エリート、校長先生は、男子部も女子部も両方兼
ねていたのですが、女子部ばかりに出張っていって、男子部の校
舎になんか来やしません。

そんな女子部の生徒も、時折同じ電車に乗り合わせることがあり
ました。
ある日の事、ふと隣車両にとある女子部の女子生徒を見かけまし
た。最近、乗る時間を変えたのでしょうか、それまで見たことの
ない女の子でした。
じろじろ見るのもいやらしいので、乗り降りの時、そっと視線を
送ると、あれ? あれ? まじで? 完全にジブリっ娘です。
ちょっとボサボサのくせ毛のショートカットは、いかにも垢抜け
ません。いわゆるイケてない女の子です。女子部に通っているだ
けあって、きっと、めちゃくちゃ勉強してるんでしょうね、同世
代の女の子みたいに、むやみに外見を気にしていない様子。
けれど、よく見ると、色白で髪の毛もきもち茶色がかっていて、
なんか外国人みたい。普段は裸眼なのに、たまにメガネをかける
のもたまりません。おまけに歯列矯正していることも判明し、ま
すます、キュンキュンきます。
ジブリっ娘の必要条件は十分満たすところ、それどころか、メガ
ネっ娘と歯列矯正っ娘のおまけつき。
僕は、それまで憂鬱だった毎朝の超絶満員電車が楽しみになりま
した。
やがて、僕は悩みます。
『せめて、お話できないものだろうか……』
淡い恋心に拍車がかかり始めたのでした。
しかし、僕は、当時も今も、恋愛に関しては、超ヘタレ。遠く眺
めることが関の山なのでしょうか、僕の頭は高速回転しました。
パターン1:声をかけない→一生話ができない。
パターン2:声をかける→嫌われる→一生話ができない。
パターン3:声をかける→とりあえず相手にしてもらえる→とり
あえず話ができる。
これは、もう、声をかけるしかないでしょう!
僕は、ある朝、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、終着駅の栄町
に着くと、先をいく彼女に追いつき、背後から、声をかけました。
「あの、すいません……」
結果は……。
彼女は、まじで、本当に、いや、額面通り、まるで、僕がこの世
にいないみたいに、すーっと、改札を抜けると、小走りに乗り換
えの改札へ向かっていってしまいました。
それ以上、僕においかけるすべはありません。もう、なんか、恥
ずかしいやら、悔しいやら、穴があったら入りたいとはこのこと、
数週間以上ブルーで、当然、電車の時間帯も変えました。あの娘
に会わなくて済むように、大分早く。
そうです、彼女は完全なるジブリっ娘だったのです。
理知的、ショート、くせ毛もクリア。当然、突然わけのわからな
い男子から声をかけられても無反応を貫き通す抑制的な部分もク
リアしていたわけです(涙)。

最近、この話を、ジブリのおかげで思い出し、「魔女の宅急便」
が流れている家で家人に語ったところ、めちゃくちゃ同情してい
ました。
誰にって、僕にじゃないですよ。彼女にです。
「こわかっただろうねぇ、まさか、今もそんなことしてないだろ
うね? それ、ストーカーって言われても、仕方ないから」
まさか、するわけありません、あれ以来、僕は少しジブリっ娘恐
怖症です。


(いながき きよたか)



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