プロットポイント


子供の頃、『性格』について、本気で悩んだことがありました。
自分の性格は、生まれつきのものなのか、
それとも、生まれ育つ環境に影響されるものなのか、
どっちだろうと考えていたのです。
今考えれば、「どっちもだろ」と思うのですが、
当時は、「どっちかしかない」と頑なに信じていて、
僕は、「生まれつき」説よりも、
「環境」説を有力視していました。
なぜかわからないけど。

でも、この歳になると、確かに、生まれつきの性質よりも、
その場その場で経験することが、
性格に決定的な影響を及ぼしてきたんだろうなぁと思います。
そんなターニングポイントのことを、シナリオ用語では、
「プロットポイント」と呼びます。
ストーリー上の重要な転換点のことを指しますが、
人生にも、この「プロットポイント」が
存在するのではないかと、僕は思います。
僕の性格を決定づけた、一番初めの「プロットポイント」は、
小学生の時のことでした。

アツシ君という友人がいました。
アツシ君は、派手な顔をしていて、女の子によくもてました。
勉強も運動も不得意というわけではありませんが、
得意というわけでもなく、とにかく教科は中くらいなのに、
女の子にもてるのです。
アツシ君の才能は言葉とたたずまいでした。
いわゆる「華がある」というやつでしょうか。
言葉選びに気が利いているし、
何をしているわけでもないのに、
人の気を惹きつけるような雰囲気がありました。
だから、反対に、男子からは少し反感を買っていたと思います。
将来のヤンキー予備軍のような男子たちに、
「調子に乗っている」という、
どう考えても論理的ではない言いがかりをつけられ、
困っているアツシ君を、何度か見かけた事もありました。
でも、僕は、このアツシ君が好きでした。
というより、うらやましく思っていました。
この「うらやましさ」は、
周りのヤンキー予備軍の男子達のように
「反感」にはつながらず、
逆に「あこがれ」のようなものになって、
できればアツシ君ともっと友だちになりたいとさえ、
僕は思っていました。

その頃の僕には、現在の僕の知人が聞いたら
驚いてしまうかもしれないくらいの、
天真爛漫さがあったと思います。
喜怒哀楽をストレートに表現できましたし、
まだ世界は楽天的なことで溢れていると信じていました。
この世界を肯定する全能感は
子供特有のものなのかもしれません。
そういうものがいつしか失われて行くのは、
非常に惜しいことだと思うのですが、仕方ありません。
否定性を獲得しなければ、大人になれないのです。
いや、大人になること、イコール、
否定性を獲得することなのかもしれません。
そういう意味では、アツシ君は、
子供じみた全能感をまとった僕よりも、
少しだけ早めに大人になりかけていたのでした。

それは体育の時間のことでした。
今、まだあるのかわかりませんが、
当時、ポートボールという球技がありました。
ゴールが人間になったバスケットボール
と言うとわかりやすいでしょうか、
まあ、とにかく、結構楽しい球技で、
僕はこのポートボールというのが大好きでした。
体育の時間、ポートボールが始まりました。
僕とアツシ君は同じチームです。
僕は元来、運動が得意ではありません。
足も遅く、鈍重で、だいたいサッカーでもなんでも
ボールを回してもらったことがないくらいです。
アツシ君は、僕よりも少し、運動が出来るくらい、
それでも、主力というほどではなく、
なんとなく、だらだらコートの中をうろついています。
一方、僕は、ボールに一度も触らせてもらえないにも関わらず、
楽しくて仕方がなく、
ただ、コートの中を縦横無尽に走り回りながら、
チームを応援していました。
「がんばれー、がんばれー」とか言いながら。
多分、アツシ君は、「恥かしい奴だな」と思いながら、
僕を見ていたのでしょうか。
試合は、接戦、試合終了間際、
チームメイトが逆転のゴールを決めました。
そりゃ、もう、僕は嬉しくて嬉しくて、
一人、飛びあがって、「やったー、やったー」
と喜びました。
完全に視野狭窄、周りが見えてないサブい奴です。
すると、不意に、僕の隣に、アツシ君がやってきました。
「イナちゃん、変わっとるね、
なんで、そんな喜べるの、
自分が点、決めたわけでもないのに。
俺だったら、恥かしくて、よう出来んよ」
僕は、突きあげていた拳をゆっくりと降ろしました。
急に、なんだか恥かしくなってきて、
全力で喜んでいたことを悔いたのでした。

かつて、子供のころ、天真爛漫だったのがウソだったように、
今の僕は、周囲の人に言わせれば、ニヒリストだそうです。
そのニヒリストになる「プロットポイント」は、
このアツシ君との出来ごとでした。
それを機に、少しずつ大人になれたのは、よかったし、
その点についてはアツシ君に感謝しなければなりませんが、
少しニヒリストが行き過ぎてしまった点は、
アツシ君を恨んでもいます。
いずれにしろ、「性格」は、生まれついた性質も
大いに関係しているでしょうが、
こうした「プロットポイント」が、
良いようにも悪いようにも影響するのだと思います。
アツシ君との一件が無ければ、
僕はもっとロマンチストになっていたのでしょうか。
検証する術はありません。


(いながき きよたか)



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