小学生不平等起源論


かのジャン・ジャック・ルソーは
「そもそも人間は社会を獲得した瞬間から不平等である」
と言ったそうです。
この言葉は、「なるほど、頷ける」と
誰もが思うのではないかと僕は思います。
では、人生で初めて「不平等」を感じたのはいつでしょうか?

忘れもしない小学四年生の時です。
僕にはイデ君という親友がいました。
いや、親友ではなかったかもしれません。
俄かに自信がなくなってきましたが、
とにかく、イデ君は僕のことを気にかけてくれていました。
イデ君は背が高くて、ひょうきんで、クラスの人気者です。
一方、僕は少し理屈っぽくて、
とても人気者とは言えない小学生でした。
そんな僕のどこがイデ君の琴線に触れたのかわかりませんが、
一時期、なにかとイデ君は僕のことを気にかけてくれました。
二人は何をするにも一緒でした。
いや、イデ君の独創的で華のある言動の引き立て役として、
僕は彼のそばにいたというのが本当のところかもしれません。

ある時、イデ君が僕に提案しました。
「放課後、クラスの皆の前で出し物をやろう、
そうだ、少年隊がいい!」
今考えればよくわからない提案ですが、
イデ君がなにか言いだせば、
クラスのみんながなにかを期待したものです。
イデ君は、「ザ・ベストテン」や
「とんねるず」やそういう当時流行った
芸能界っぽいことが大好きな子でした。
かたや僕は、歌謡曲はいまいちピンとこないし、
「とんねるず」もお父さんが嫌いだったため、
見させてもらえないし、
そういう芸能っぽいことがよくわからない少年でした。
とはいうものの、有無もいわせぬきらきらした目でイデ君から
「いなちゃん、一緒にやろう」と言われれば、
断るわけにはいきません。
とにかく、イデ君の踊る「仮面舞踏会」を
見よう見まねで練習して、
クラスの同級生たちの前で踊ったのです。
拍手喝さいが起きました。
イデ君は得意満面でした。
が、僕は「あれ、これ、僕っぽくないぞ」と
一抹の羞恥心を覚えていた気がします。
イデ君主催の出し物は好評を博し、第二弾が催されました。
これもイデ君考案の「ゴーストバスターズ」の
曲に合わせて踊るというものです。
これは、いまいちでした。
「仮面舞踏会」ほど盛り上がりません。
「ゴーストバスターズ!」という叫び声と共に
腕を左右に振りながら、
僕は「早く終わらないかなぁ」と思ったものです。
でも、イデ君は見事にやりきった爽快感を覚えていたようで、
第三弾を考え始めていました。

そんな第三弾の出し物が行われる前のこと、
それがどんなきっかけだったか、記憶が曖昧ですが、
授業中、突如、イデ君は奇声を上げながら、
変顔をして、教室中を走り回り始めました。
「ゴーストバスターズ」の雪辱を晴らすつもりだったのか
どうかわかりませんが、とにかく、
クラスメートはお腹を抱えて笑いイデ君は面目躍如です。
が、僕は内心ひやひやしていました。
イデ君が担任の加藤先生にこっぴどく
叱られやしないか心配だったのです。
おそるおそる加藤先生の顔を見ました。
すると加藤先生は怒るどころか、
仕方なさそうな笑みを浮かべ、
「イデ君、気が済んだら席につこうね」と
優しく声をかけたのです。
なんだか肩すかしをくらったようで、
僕は安心すると共に、
言いようのない不条理なものを感じました。
それがどんな不条理なのか、確かめるために、
僕は一計を案じました。
イデ君が席に着くや否や、僕は立ち上がり、
精いっぱいの変な顔をして、奇声を上げて、
イデ君のように教室を走り回ってみました。
僕にだって、イデ君と共に「仮面舞踏会」も
「ゴーストバスターズ」も踊りきった自負があります。
なんとか、イデ君ほどとはいかないまでも、
クラスメートたちを笑わせることができました。
が、僕の真意は、クラスメートたちに
ウケることではありません。
僕は、「平等さ」みたいなことを確かめたかったのです。
僕は、ちらりと加藤先生を見ました。
すると、加藤先生はイデ君の時のような笑みなど浮かべず、
幾分ドスの効いた声で、
「イナガキ君、席に着きなさい!」と僕を叱りました。
「あれ、イデ君の時とは様子が違う」、
誰もがそう思ったはずです。
チャイムが鳴って、授業が終わると、
加藤先生は僕を呼びつけました。
そして、皆に聞こえぬようにこう言ったのです。
「イナガキ君、あなたはあんなことする子じゃないでしょう?
授業中に教室を走り回らないと約束してくれる?」
この言葉で僕はなにかふっきれた気がしました。
「イデ君は、いいんですか?」とは聞きませんでした。
なぜかわかりませんが、一旦そう聞いてしまえば、
僕だけでなく、
イデ君さえ貶めてしまうことになるような気がしたのです。

その後、イデ君とは疎遠になったような気がします。
どちらからともなく、いや、きっと僕からでしょう、
距離を置くようになりました。
そして、自分の唯一のとりえである勉強や読書に没頭して、
いつのまにかいじめられっ子になり、
相変わらず芸能ごとには疎く、
でも気づいたら、
昭和と共に「ザ・ベストテン」も終わっていました。
微かな記憶では、僕は、あのあと、
一度だけイデ君と派手に喧嘩をした気がします。
きっと誰からも好かれるイデ君のことを、
僕だけが別に気にもとめないという理由で、
喧嘩を吹っ掛けられたのだと思います。
なんだか悲しいなぁと思いながら、
放課後の決闘場所へ向ったことを覚えています。
その喧嘩の後、しばらくしてイデ君は
両親の転勤でどこかへ引っ越していきました。
ほっとするような、
それでいて少しさびしいような……、
でも見送りには行きませんでした。

大人になって、いろいろな人と関わり、
仕事もそれなりにこなす中で、
ついつい「フェアじゃない」と頭に来ることがあります。
時にはなぜこの世には「格差」が存在するのかと憤ります。
社会の制度設計がうまくいってないのではないかと
疑いたくなります。
でも、そんな時は、冷静になって、
もう一度、小学四年生の時の、
このイデ君との顛末を思い出すようにしています。
人間は、老いも若きも男も女も、
決して「平等」ではないと再確認しては、
絶望しないようにしています。


(いながき きよたか)



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