あらゆる公明正大さみたいなものがけっこうな害悪だと考えている節がありまして、常に普遍的な正義を執行しようとしている人間はいつかしっぺ返しを食らうものです。
たとえば、他人に迷惑をかけることを常に指弾する人は、果たして他人に迷惑をかけずに生き続けられるのでしょうか。そんなことはありません。
おそらく他人に迷惑をかけたことがあるだろう彼、にも関わらず常に他人を指弾する、大いなる矛盾です。僕はこの矛盾に目を覆いたくなるわけではなく、この積み重なりこそより大きな悪弊を招くのではないかと不安があります。
加えて彼は自らが迷惑をかけていることを意識していない可能性があります。それだけに公明正大さの自認というのは余計に性質が悪い。
僕は、だから、なにごとにもほどほどが一番よいのではないかと常日頃から考えています。いわゆる適当というヤツです。ずばり座右の銘は『いい加減がいい加減』です。

と、ここまでは壮大な言い訳です。
こんないい加減な僕ですが、なぜか最近腹の立つ事案に遭遇してしまうのです。
それは列に横入りするおじいさん問題です。
この間、電車を待っていた時のこと、決して込み合った時間帯ではなかったにも関わらず、携帯を見ながら空いている乗り口で待っていると、さも当り前のように、本当に息を吐くように、とあるおじいさんが僕の前に割って入ったのです。
一瞬ギョッとして、声をかけようかものすごく迷いましたが、結局諦めました、泣き寝入りです。
別にいいんです。来た電車の席が空いていたらなにがなんでも座りたいとも思わない性質だし、シルバーさんに列を譲るくらいの広い心を持ちましょうよとも思うのですが、でも、なんだか釈然としないんです。
僕はなんだかその横入りしたおじいさんのことが逆に心配になって、そっと後ろから横顔を覗いたのですが、お見受けするに自分がとった行動がなんたるかわかっていない様子でむっつりしたまま『早く電車来ねえかな』くらいにしか考えていないような……。
こういう人に列をすすんで譲ろうと思えるかというと、僕はそこまで心が広くありません。そればかりか泣き寝入りするしかないことがとても悔しくなってしまいます。

こんなことがありました。
渋谷の大型レコード店でのこと、折しも大繁盛でレジ前には列ができていました。
僕の前にはいかにも風体の悪いあんちゃんが要領の悪い店員にイライラした様子で貧乏ゆすりをしながら待っています、ようやく彼の番が回ってこようとしていたその時、とてもソフトな印象の老紳士がまたしても息を吐くように、まったく自然に、すっとあんちゃんの前に横入りし、レジに商品を置いたのです。
「おっさん、こっち並んでるけど」
ドスをきかせたあんちゃんの声が響きます。老紳士はいかにも「あー、気が付きませんでした」みたいなウソで取り繕う笑顔を貼り付け、無言で列をどきました。
この光景、事情を深く知らぬ他の客たちにとっては、さも『風体の悪いあんちゃんが老紳士にいちゃもんをつけているの図』に映ったことでしょう。

これなんです、これが怖いんです。
世の中は紋切であふれています。いや、すべて紋切り型でことが運ぶと断言してもよいでしょう。
老紳士=よい人、風体の悪いあんちゃん=悪い人、これがビジュアルから受け取る紋切り型です。
でも、事実は違います。

昔『真実の行方』という映画がありまして、なんとなく大上段から『善悪とは何か』という重いテーマに描いていますよーという作りなのですが、その実、何を描いているかというと、なんのこっちゃない、人間なんてだいたい外見や属性で善悪を判断する薄っぺらい存在なんや、という映画なのですが、まさしく、僕が言いたいのはこれです。
仮に、あの駅のホームで、僕が横入りしたおじいさんを叱責していたら、周囲の乗客たちは、むしろ僕に白い眼を向けたに違いありません。
そこに横たわっているのは、老人はすべからく敬うべし、なぜなら老人はよい人間だからという紋切り型に他なりません。

昨今は一昔前より、老人指弾の機運が高まりつつある気がします。
ただ、マナーが悪い不良老人の排斥運動に、嬉々として賛同できるかといえばそうではありません。
だってこれはこれで十把一絡げに老人は不良という新たな紋切を作り出すだけですもの。
とにかく、話はもっと単純なことなのです。老人にはいい人もいれば悪い人もいる。子供にもいい子供もいれば悪い子供もいる。それだけです。

でも、やっぱり釈然としないんだよな、横入り老人。『いい加減がいい加減』が座右の銘の僕なのに、どうしても看過できません。
もって他山の石にすればいいだけなのかもしれませんが、もっと根源的にイライラします。
なぜなのだろうと考えていたら、なんとなくわかってきました。
もしかしたら横入り老人に僕もなってしまうのかもしれないという漠たる不安を抱いているからなのです。つまり、そこに未来の自分を見るからかもしれません。
いつかそう遠くない未来、マナーとかめんどくさくなって、息を吐くように、老人になった僕が横入りしたら、横入りされたあなた、ぜひ心置きなく僕を叱責してください。


(いながき きよたか)




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