自分じゃ自分のことがわからないというのは、まことにその通りです。
もともと僕が文士にあこがれたのは小学生時代。以来、あれやこれや読んだり書いたりしてきたわけですが、にも関わらず僕の文章を書く才能は他の人に比べて著しく低いということを自己認識させられた一件が数年前にありました。

きっかけは妻です。
モノを書いたら近親者に読ませて意見をもらいたくなるものなのですが、結婚して以来、料理で言うところのそんなアタリを妻につけてもらうようになりました。
妻はもともと日本語、というか言語学を専攻していまして、日本語文法にはめっぽう強いのです。そんな彼女から言われたことは、「あなたの日本語の文章は本当にブロークンだよね」というもの。
自分では書きあがったものを読み返しながらなんとなくうまい日本語だなぁなどとニンマリしていた自尊心は脆くも崩れ去りました。
なにしろ日本語を専門的に勉強していた人間の言う事です。疑いをはさむ余地もありません。そう言われてみれば、なるほど、改めて自分の文章を読み返すととてもフラフラした文章のような気がしてきました、ときに主語と述語がつながっていなかったり……。
別に物書きじゃなかったら、最低限意味が伝わる文章が書けりゃいいんでしょうが、文士を標榜している以上これはとても恥ずかしいことです。何より小学生以来あこがれ、研鑽を積んでなおこの体たらく、よほど人より才能がなかったに違いありません。

しかし、自分に文章の才能がないということがわかれば、あとは訓練するのみ、実は才能がないのに勝手にあると錯覚していた頃には望めなかった文章の向上が図れるってなもんです。
この『コギトの本棚』は恥ずかしながらそんな僕の個人的文章修行の場だったりなかったり。
そして文章修行のコツは、なにより厳しい近親者に読んでもらうことだったりします。なので当然この『コギトの本棚』にも編集者的立場の人がいます。

仮にN君としましょう。僕の大学時代の同級生で、なぜか同じタイミングで上京し、今ではいっぱしのWEB広告会社のマネージャー兼プレーヤーです。
仕事柄普段文章を読むことも多い彼の審美眼を信じ、同級生だということに甘えて半ば強引に原稿を毎週のように読んでもらっているのです。
いかに興味を惹くかというシビアな広告界で働いているN君だけに彼のダメ出しはこの『本棚』開始当初、なかなかに鋭いものがありました。
しかしこの『本棚』を始めて実に二年以上ですか、だんだん僕がこなれてきたのか、N君がもはや僕の文章に希望を見出さなくなったのか、最近ではダメ出しも少なくなり、毎回感想のようなものを送ってくれます。
それはそれで励みになり『まあ、疲れるけど、続けるか』という気にさせてくれますし、そんなN君からの感想の中には、あたかも妻が僕に文章の才能がないことを気付かせてくれたように、時に新発見があったりします。
それは先週のことでした。

『ムード』というタイトルで「短文コワい」という内容の原稿をN君に送ったところ、いつものように感想が返ってきました。
ちょっと引用してみましょう。
(できれば先週の原稿を流し読みでもした後、参照いただくといいかもしれません)

N君:「読みました。このようにして、『言語の大前提』を理解している人間はますます寡黙になり、前提を理解していない愚者ばかりがしゃべる世界になっていく…と、こういうわけですね。やっぱ救世主はスタンプじゃね? ところで細かいけど、秋山真之の打電文ならば「天気晴朗なれども」じゃない? まあエビデンスないし、文意的には重要じゃないけど」

いながき:「おっと、そうなんだ、さすが詳しい。今一度資料にあたります。ところでスタンプって誰だっけ」

N君:「それギャグ? 本気? それが判断できない程度に、僕ときよたかとのモダリティが失われている……」

いながき:「本当にわからない。トランプじゃないよね?もしかして。無意識の暴走か」

N君:「いや、ラインのような短い文章でみんなどうやってコミュニケーションしているのか?という問いに対する答えです。ラインスタンプ送ることで、モダリティ的会話を成立させているのでしょう」

いながき:「あー、そのスタンプねー。なるほど。ほんとにラインあんまり使わないからピンとこなかった。言葉って難しいー」

N君:「

いながき:「おー、こういうのとね。(←携帯のフリック操作に慣れておらず、誤字してます)モダリティですなー」

N君:「

いながき:「すごい、これ、まさにこれ日本的だな、日本語的っていうか」

N君:「いやー、しかしこういうもの(WEBっぽい風俗)に関する、きよたかの童貞感ってすごいよね。貴重」

いながき:「ウェブ童貞認定、いいね」

このように、僕はまた自分の新しい側面を見つけました。
僕はどうやらWEB童貞なんです。
スタンプと聞いて、即座にトランプを思い出すあたりがもうイタすぎて、なんも言えないわけですが、
ただ、こうなったら、妻によって文章下手認定され奮起したように、N君によって認定されたこのWEB童貞もいつか克服すべく修行を積むべきでしょう。しかし、この童貞、どうしたら卒業できるのでしょうか。皆目見当がつきません。

(いながき きよたか)




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