シナリオの仕事をしていると、人の癖を盗みたくなる。盗んだ癖でキャラ立てさせようという魂胆だ。でも、そんなときは決まってキャラに悩んでいるときだったりする。だから、これは結構禁物。第一やりすぎると鼻につく。

まずわかりやすいところで口癖なんてのがある。
マンガは比較的安易に取り入れても受け入れられやすい。たとえば、『NARUTO』の主人公のうずまきナルトの口癖「~だってばよ」は、まあキャラが立ってるっちゃ立ってるからいいだろう。でも、実写でやるとクサくなる。例えば『仁義なき戦い』の広能の名台詞、「山守さん、まだ弾は入っとるがよう」が、「山守さん、まだ弾は入ってるってばよ」だと、なんか拍子抜けしちゃうだろう。
いやいや、『仁義なき~』はもともとからして戯画的だ。「おめこの汁でメシ食うとるんで」なんてトンでもないセリフがあるくらいだから、もしかしたらクセだらけか。
でも、これは作家がとことん憑依して突き詰めたクセだからよい。場当たり的にキャラを立てたいというスケベ心でこれをやると痛い目にあう。だから、シナリオを書く場合安易に「クセ」なんて考えない方が身のためかと思ったりする。

実生活において癖は生理的嫌悪の対象だったりする。
爪を噛む人、前髪ばっかり触る人、貧乏ゆすり、この間など、電車で前に座ったいい大人が鼻をほじり、その指を……。いややめておこう。
それでいてある種の癖というのは伝染することがある。
吃りの人と一緒にいるとなんとなくこっちまで吃りたくなったりする。
ダメだなぁと思うのは、僕には癖があって、それは咳払いなのだが、最近、そんな癖などなかったまだ未就学児の息子が咳払いを始めた。人の振り見てなんとやらとはこのことかもしれない。なんとか咳払いをやめねばと思うが、癖とはもともと無意識から発せられるもの、意識してどうにかなるものでもない。もしかしたら、癖はなんらかのストレスの代償行動なのかもしれない。そう考えると、癖を治すには、ある癖を別の癖に置き換えるしかないのだろう。

「奇病同盟」という北杜夫のユーモア小説がある。
主人公は四歩歩くとぴょこりと跳び上がってしまうという奇病の持ち主で「ピョコリ氏」とあだ名されている。やがてピョコリ氏は同じく信じられないような癖の持ち主たちが集う秘密結社のような同盟に勧誘され、やがて奇病のうしろめたさを感じなくなる……。
そんな内容だったように思う。
中学生の時に読んだので詳細に覚えていないが、僕はこの主人公に一方ならぬ共感を寄せていた。

というのも、僕には人には言えない秘密の癖があった。「もしかしたら奇病かも」と薄く思い悩んだりした。
それは、下半身を露出してしまうという癖だった。
誤解されそうだから詳細に書こう。
夜、パジャマを着て寝る。朝、起きる。すると必ず下半身がすっぽんぽんなのである。立派に「奇病同盟」の仲間入りを果たせそうな気がしたものだ。
別にのべつまくなし外泊するわけではないから、家にいる限り、最悪母親が目撃するだけで済む。まさか母親が僕の癖を吹聴はしまい。けれど、年に数回、止むにやまれず実家以外で寝なければならない場合がある。
実は小学六年生と中学三年生に修学旅行というイベントがあるのはご存知だろうか。同級生と、なんなら女子の部屋に忍び込んだりして、刺激的な非日常のナイトライフを楽しむアレである。
しかし、朝、下半身がむき出しになる病に罹っている僕としては戦々恐々たる心境だった。同級生にバレたら『ベンハー』で言うところのライ病患者迫害どころの騒ぎではない。マジでつなぎを着て寝ようかと思ったものだ。
回避するには、早起きか、ないし、眠らないしかない。
僕はなんとか早起きして布団にくるまりながら散乱したパジャマとパンツを探し当て、下半身を隠すことによって、この悪癖暴露を避けることができた。

しかし、最悪の日は訪れたのである。
中学一年生の夏休み、一か月入院せねばならなくなったのだ。
当初、早朝の看護婦さんの見回りに間に合うようになんとか早起きしてズボンをはきなおし、最悪の事態は回避し続けていたが、慣れとは怖いもので、一か月も病床で寝食を過ごしているとやがて家にいるような感覚になり、完全にズボンの紐が弛んでしまったのだ。
ある朝、僕の病室から看護婦の悲鳴が鳴り響いた。原因は完全に僕の悪癖にあった。
大江健三郎風に書けば、「硬直し屹立するぼくのセクスをナアスが観照」してしまったのである。
中学一年生と言えば、そこそこセクスも立派になり、それどころか元気で仕方ない盛りのはずだった。詳細には伏すが、まあとにかくうら若き女性に僕は自分の性器を、仮に自分の意に反していたとしても、見せつけることになってしまったのだ。まったく予期せぬ痴漢と化したと言ってもいい。
一応、後にかくかくしかじか看護婦さんに一生懸命説明して、なんとか理解してもらったものの、恥ずかしい悪癖はばれたわけで、もうなんだかよかったのか悪かったのかわからない結果となった。

その後も、外泊に怯えながら、とはいえ開き直り、「こういう癖があるけど、あんまりびっくりしないでね」と披瀝して理解してもらったりするうちに、いつしかその悪癖は霧散した。
いつくらいだろう、ちょうど10代の終わり頃だろうか、以来、僕は寝てる間にズボンとパンツを脱いでしまわなくなった。
それにしても、考えるだに不思議な癖だった。心理学者に聞かせたら、納得するような答えが返ってくるのだろうか。癖はなんらかのストレスの代償行為と書いたが、もしそうだとして、寝てる間に下半身を剥きだすことがどんな代償につながるのか、今もってわからない。
わからないのではあるが、こうも思ったりする。なぜだか、なんとなく、うまく言えないんだけど、それに、こんなこと考えること自体おかしいのかもしれないんだけど、あの癖、懐かしいななんて……。理由はわからない。


(いながき きよたか)




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