テロの味


二子玉川が、ますます便利になっています。
かつて、『ニコッてる?』の回でも理想化されすぎて想像力を欠いた街「ニコタマ」として紹介しましたが、しかし、性懲りもなく、「近いから」と言い訳しながら、やっぱり二子玉川、便利ですねぇ、足が向いちゃいます。
昨今は映画館もできたりして、この間「007スペクター」観てきましたよ。映画も映画館もなかなかよかったですよ。
で、映画の前に、ブランチしようってことで、生まれかわったマロニエコートに行ってきましたよ。
そのお店は、もちろん、意識の高い皆様ならご存知の、世界で一番美味しいブレックファーストを食べさせてくれるというあのお店。

さて、世界一だったかどうかは、まあ、ちょっと置いておいて、非常にもやもやする体験をしたので、ちょっと紹介したいと思います。

席について、メニューとにらめっこ。せっかくなんで、いわゆる『全部のせ』みたいなものを頼もうと、店員さんを呼びました。
ちなみに、広いお店の席はほとんど埋まっています。そして、男性客は、マジで、マジで、僕独り。あとは、お姉さま方、ママさん方、(あ、男という意味では男児もいるにはいましたが)。店員さんも、大半が女性、なんだかインカムらしきものを耳にまとい、見るからにお仕事できそうな雰囲気を醸しています。
そんなこんなで、店員さんが注文を聞きに来てくれました。彼女は、どうでしょう、年のころ二十代中盤でしょうか、食べ終わったお皿はすぐに下げる、水がなければ注ぎにくる、まあ、そこそこ出来のよろしい方なんじゃないでしょうか。
「じゃあ、これください」と、僕。
すると、女性店員さんは、こう僕に向って質問してきました。
「お飲み物の方、大丈夫そうですか?」
「えーっと……」
しばし、けむに巻かれた思いで、僕は答えに窮しました。
『はい、残念ながら、お飲み物の方が大丈夫そうかどうか、今の僕にはわからないんです。僕はお飲み物の方がどっちの方かわかりませんし……、それになにをもって大丈夫とするんですかね、大丈夫そうだとはおもうんですけど、どうです? お店のお飲み物、大丈夫そうですか? 盗まれそうじゃないですか?賞味期限とかは、きちんと見てます? なんなら、僕、大丈夫かどうか確認しましょうか? あ、確認しちゃ、大丈夫そうかどうかわかんないですもんね、とりあえず、僕、判断しますんで、お飲み物の方に案内してくれます?』
とは、なんとなく答えづらい雰囲気。
そこは、大人です。おそこらくこのお姉さんは、こう言いたいのだろうと忖度しました。
「お飲み物を注文なさいますか?」
ようは、こういうことでしょうか。
それにしても、「そう」ってなに?「そう」さえ、抜かせば、そこそこ通じるよ、日本語として。(あくまで『そこそこ』だけど)
その後も、僕のテーブルに来るたびに、この店員さんは、「お冷は大丈夫そうですか?」だの「お済みのお皿、おさげしても大丈夫そうですか?」だの、誰の目線で答えればいいかわからない質問を連発し、僕は、世界一のブレックファーストをなんだか楽しみそこねてしまった。

元来、僕は、いわゆる「ら抜き」言葉や、若者言葉を、「いかがなものか」という目線で語るおっさんおばはんが好きではありません。
そればかりか、「声に出して読みたい日本語」の類の、なんだか恣意的な「美しい日本語」というコンテクストも苦手です。
どちらかというと、僕は時折、若い女の子たちがその時代の刹那に使う、極端に感情を省略した言葉を美しいと感じますし、反対に宮沢賢治などの文章を美しいとあまり感じないことだってあります。
というのも、「ら抜き」けしからん言説や「美しい日本語」は、権威があってこそ成立していると感じるからです。
それよりも、権威づけされない、市井の言葉を愛していたいなぁと、考えているわけですが、
もう一度、言います、考えているわけですがぁ、
「お飲み物の方、大丈夫そうですか?」は、ごめんなさい、意味がわかりません。
かなりパブリックで、当事者同士に共犯関係も何もない平場で、発話者が意図する情報を過不足なく伝えなければならないのに、言葉の本来持つ意味が、もう受け取り側もダイビングキャッチできないほど明後日の方向に飛んでいってしまっては、ごめんなさい、擁護したくても、お手上げっす。

僕は、そこまで外国語に精通しているわけではないのですが、日本語というのは、印欧語に比べて、語法が脆弱なような気がします。
語法だけでなく、音韻も少ない気がします。
だからこそ日本語は、自由度が高く、多様な表現が可能です。共犯関係にさえなれば、かなり自由な会話が成り立ち、共犯関係が同心円状に広がれば、それが公用化さえします。新しい言語表現の可能性が拡がりやすいわけです。そこをもって日本語っていいなぁと僕は思っているのですが、翻って、そのためには、少なくとも日本語のごくごく簡単な基礎だけはしっかりと保っておかなくてはいけません。
膠着語、つまり、助詞を糊みたいにぺったんぺったんくっつけていけばとりあえず意味になる日本語の大本を身に着けるのは、それを母語とする者ならそう難しいことではないはずです。
だから、彼女は「お飲み物の方、大丈夫そうですか?」という質問がどういう意味か、質問する前に、もう一度考えなおした方がよかったわけです。
すくなくとも、基礎がないならクリシェで話すのはやめたほうがいいのです。
そして、店員のお姉さん、僕はこう言いたいのです。
「その日本語、大丈夫そうですか?」


(いながき きよたか)




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