タイムマシン


先日、8歳の僕から手紙が届いた。

突然のことで、少々混乱したが、手紙を見ると、にわかに30年前のことを思い出した。
確かに、8歳の僕は、38歳の僕に宛てて手紙を書いたのである。
時は1986年、昭和60年、当時通っていた小学校の創立50周年事業とやらで、タイムカプセルに手紙を閉じ込めたのだった。
それが今年開封されることになり、愛知県の実家を経由して、現在僕が住む家へと届いたのだった。

1986年! 昭和60年!
改めて考えると、感慨深いような気がする。
戦後たかだか40年。まだベルリンの壁もソ連も存在していた。レーガンは、日本の首相を『ヤス』と呼び、中曽根はアメリカ合衆国大統領を『ロン』と、呼んでいたとか。
家に初めてファミコンが来た年でもあり、木枠に囲われたブラウン管テレビにVHF配線をして、ガチャガチャ回すロータリー式チャンネルを2チャンネルに合わし、弟とともに死ぬほど「スーパーマリオ」をやっていた記憶も風化しかけている。
まさに「昭和は遠くなりにけり」なのかもしれない。
中村草田男が「明治は遠くなりにけり」と詠んだのが、1931年、昭和2年。明治が終わって、19年後のこと。今や昭和が終わって27年なのだから、「遠くなりにけり」どころの騒ぎではない。

そんな遠い過去から、手紙が届いたのだ。
なんだか恐れるような気がしながら、僕は手紙を開いた。
「たしか、あんなことを書いたんだっけ……」、手紙の一節を、奇妙にも覚えていることに愕然とした。
確認してみると、笑ってしまった。決してこまっしゃくれてもおらず、むしろ頭の悪そうな文章である。
恐れていた気持ちが、不意に溶けて、代わりに今僕は、普段まったく意に介さない「時間」について、はっきり意識した。どうやら「時間は止まらず流れる」らしい。
8歳の僕は、38歳の僕を想像して、手紙を書いた。その手紙は終始、質問を投げかける。
せっかくなので、ここに、載せてしまおう。


『三の三いながききよたか
はじめましてきよたかくん。おれは、きよたかだ。
みらいのきよたかはどうゆうきよたかだ。ふるいきよたかは、ふつうだ。
ドラえもんおるか。
おれのすきなものは、やさいは、きらいであとは、すきだ。
21せーきは、べんりか20せーきはべんりじゃないTVはどうゆうTVだ、
おれのすきなTVはキン肉マン、キャプテンつばさだ。
21せーきのたべものは、どーゆーたべものだ人間たべれっか
おれのすきなあそびはサッカーだ
おまえはどーゆーあそびがすきなのだ
どーゆーおかしがあるかガムしらんだろ
チョコレートしっとるか
がんばれよ
しぬなよ
うちちゅうかねでいけるか
どーゆースポーツがある
どーゆーびょうきがある
どーゆーがっこうのなまえだ
でわさようなら
60年の10月28日にかいた』

相対性理論に則れば、たとえタイムマシンが発明されても、未来には行けるが、過去には戻れないらしい。
考えてみれば、当り前だと思う。霧散した出来事や感情が、そっくりそのまま回復されることなどありえないのだから。
と、今は考えていても、未来ではありえないことが起こっているかもしれない。時間の流れというものはそういうものである。
だから、僕は、未来から、過去にいる8歳の僕に、もらった手紙に連ねられた質問の答えを返そうと思う。

『はじめまして、きよたかくん。ぼくはきよたかです。
未来のきよたかは、ふるいきよたかくんと同じようにふつうです。
ドラえもんは残念ながらいませんが、いまだにキャラクターとして人気です。30年以上人気を保つキャラクターは珍しいんですよ。
他にもたくさん質問してくれたので、順番に答えますね。
まず、僕の好きな食べ物は、主に麺類です。野菜は食べられるようになったし、それどころか好きにもなりました。だけど、ナスだけは、どうやっても好きになれませんでした。こうなったら僕よりも未来のきよたかくんに好きになってもらいましょう。
21世紀は便利です。ふるいきよたかくんが考えもつかないものがたくさんあります。けれど、それは、たいがい20世紀に考えられていたようなものです。それに、便利だからといって、人間の感情はまったく進歩していません。悲しいけどむしろ劣化しているかも。だから便利じゃないからといって20世紀を卑下することはありませんよ。
テレビについてですが、あいにく、テレビはあまりみません。しいて言えば、『鶴瓶の家族に乾杯』と『鉄腕ダッシュ』はよく見る番組ですかね。ちなみに、21世紀になっても、キャプテン翼もキン肉マンもまだまだ人気があると思いますよ。いまだに僕も好きですし。
食べ物ですが、これも20世紀とあまり変わりありません。
人間が食べられるか、とは、すこし恐ろしい質問ですね、そういう映画がありましたよ、リチャード・フライシャー監督の「ソイレントグリーン」という映画です。ふるいきよたかくんが生まれる前に作られた映画です。ふるいきよたかくんも観られるので、観てみては?
多分、SF的な空想でした質問だと思いますが、もし戦争が起こって、極限状態に追い込まれたら、人間は人間を食べてしまうかもしれません。(そういう歴史もありました)けれど、幸いあれから戦争は起こっていないし、極限状態でもありませんので、ご安心を。
ふるいきよたか君はサッカーが好きだったんですね、僕は忘れていました。
今の僕は将棋を見たり、落語を聞いたり、映画館へ行ったりすることが好きです。本を読むのも好きです。運動は、いつのまにか苦手になってしまいました、ごめんなさい。
ガムもチョコレートもまだありますよ、多分、これからも残っていくおかしだと思います。
そして、「がんばれよ」というエール、ありがとう。今より、もっと、がんばりますね。
はい、まだ死ぬつもりはありません。つもりはないのだけど、人間はいつか死ぬものなので、死んでしまったときは仕方ありません。ご容赦ください。
宇宙にはもうすぐお金でいけると思います。
スポーツもあまり変わっていません、そうそう、この間にわかにラグビーがはやりました。
病気はたくさんあると思います。専門家ではないのでなんとも言えないのですが、克服されたものもたくさんあると思います。けれど、ガンやエイズはまだまだ人の命を奪っています。
ごめんなさい「どーゆー学校の名前だ」という質問の意味がいまいちわからないので、もし、もう一度手紙を書く機会があったら、詳しく教えてくれませんか? お願いしますね。
では、さようなら
たとえふつうでも、ふるいきよたかくんは、そこそこ努力もできる人間なので、安心してゆっくり大人になってください
平成27年11月11日』


(いながき きよたか)




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