大江健三郎


GW、いかがお過ごしですか?
僕は、なんだかんだとやることがあるので、
あんまり休めてません。
これでは悔しいので、
『スターウォーズ』をエピソードⅠから見直してみたり、
完全スルーしていた『ワイルドスピード』シリーズを
見てみたりしています。
現実逃避も大概にしなければならないのですが、
いざ仕事!とパソコンに向かっても……、
知ってました?
今はネットっつうもんがあるんですね。
書かなきゃならないのに、
油断するとすぐネットの世界にボワーッと
入りこんでしまいます。
もう、ネットっていやですね。

そんなこんなで、仕事もせずに、
ボーっとネットの世界で、
マウスをぱちぱちクリックしていたら、
パソコン画面の隅に、『大江健三郎』の文字を見つけました。
ニュースアクセスランキング、三位だそうです。
なぜ、今、『大江健三郎』が、ランキング三位なのか、謎です。
詳しく知ろうと思い、記事を読んだのですが、
読めば読むほど、わけがわかりません。
どうやら、
「安部首相のことを安倍と呼び捨てにした、けしからん」
ということらしいのですが、
そんなことで、耳目を集めるんですか?
くだらねえ。

思えば、10代の終わりから、20代の前半、
狂ったように『大江健三郎』を読んでいました。
主に、初期作品ですが。
それは、大江がノーベル文学賞をとった時期ともかぶります。
その頃世間はなぜだか大江を
「良い日本人」としてしきりに特集してました。
まあ、当たり前ですね、
ノーベル文学賞をとった二人目の日本人なんだもの。
でも、僕は、当時、少し、
いや大きな違和感を抱いていました。
今、まさに読んでいるこの小説を書いた人物が、
「良い日本人」だと……。
よしんば、ノーベル文学賞は、理解できるにしても、
「良い日本人」というのは、年増の娼婦のヒモになって
「裸の女にまたがりながら哲学するのが、
ホントの哲学だよねー」
とか言っちゃう男を主人公に小説(『われらの時代』)を
書くような人間のことだろうか……、
うーん、それとも、原爆不安に駆られまくって、
神経症的に「核廃絶! だってコワいんだもん。
そのためには、少しくらいの事実誤認と差別も辞さないよん」
と叫び続ける部分をとって「良い日本人」と
言っているのだろうか、などと、
当時の僕は悩んでしまったのです。

大江は、おそらく、「超がつくほど有名なのに、
実際読んでない人が多い」ランキングでは
かなり上位の作家だと思われます。
なので、きっと、ノーベル賞授与当時、
多くのマスコミと一般市民が大江を
「良い日本人」認定しても、
仕方のないことなのかなとも思います。
だって、すごく口当たりのいいことばっか言うんだもん、
大江さんってば。
でも、一度でもその作品を読んだことのある人は、
誰でも「戦後民主主義的平和の人」という
大江の通り名に、少なからず疑問を
持ってしまうのではないでしょうか。

ここにいい本があります。
当時の僕の「大江って結局何者?」という疑問を、
すっきり解決してくれた本です。
その名も「大江健三郎がカバにもわかる本」。
ググれば、アマゾンで、中古格安にて
手に入る模様なので、
興味のある人は読んでみたらいいと思います。
(まあ、内容は、露悪的な部分もあるので、
一概に信じられない部分もある本なのですが、
大江自身も言ってますよ「信じすぎないこと」なんて)
ここに、目次の一部を紹介してみましょう。
「オーケンはアナルが好きである!」
「おいおい、いきなり下ネタかよ」とお思いでしょうが、
仕方ありません。
事実、大江の小説は、下ネタだらけなのですから。
あ、ちなみに、オーケンというのは、
大槻ケンヂさんのことではありません。
この本を編集した方が、親しみをこめて、
大江健三郎をオーケンと呼んでみましょうと
提案しているだけです。
「オーケンは差別が大好きである!」
「オーケンは下品である!」
「オーケンはヤク中だった!」
ああ、もう、この辺りで止めましょう。
誤解を生むような気がする……。
ただ、言っておきたいのですが、
この本の、こんな目次の数々は、
決して大江をバカにしたり、
非難するために書かれてはいません。
むしろ、著者たちは、
大江の作品に大きな愛情を持っていますし、
なにより、熱心な読者なのです。
読者だからこそ、僕のように、
世の大江に対する勝手なイメージに違和感をもって、
「いやいや、大江って、もともとこういう人だし……」
ということをまとめたかったのでしょう。

いずれにしろ、称揚するにしても、非難するにしても、
大江さんって誤解されやすい人だよなって思います。
僕の大江のイメージをまとめるとですね、「子供」です。
「少年」でもなくて「子供」。
ただ、小説を書くことが日本で1、2を争うほど超絶巧い
「子供」です。
頑張って左翼ぶっちゃって、
平和主義者ぶっちゃうけど、
いざ小説を書くと、
やべえ変態性がにじみ出ちゃうような「子供」です。
だからですね、安倍首相を安倍と呼び捨てにしたくらい、
大江にとっちゃ屁のツッパリにもならないんです。
そんなことで、カリカリしてたら、
彼の小説を読んだらですね、
憤死ですよ、憤死。

と、まあ、なんか、えらく挑発的なことばかり
書いてしまいましたが、
でも、大江が変態だろうが、平和主義者だろうが、
そんなこと関係なく、
僕が『大江健三郎』の小説に人生を救われた一人だ
ということはまぎれもない事実です。
もし、あの時に彼の小説に出会っていなければ、
人を傷つけていたかもしれません。
人を傷つけてしまうような鬱屈を
溜めこんでいた僕の初期衝動を
目いっぱいぶつけても、びくともしない、
それどころか、それを上回る鬱屈を
逆に叩きつけてくるようなパワーが
大江の小説にはあったのです。

数ある小説の中でも、
特に『万延元年のフットボール』が僕は好きでした。
僕が『万延元年~』に激しく感動したのは、
別に、それが戦後日本の社会構造を的確に表した
文学だったからなんかじゃなくて、
クソニートが妄想した壮大な中二病文学の極み
だったからだと思います。
一章はちょっと気どってるので、
めちゃくちゃ読みにくいですが、
そこを越えれば、あとは、なんというか、
ヘヴィーなラノベなんですよ、結局。
未読な方は一度読んでみてはいかがでしょうか。


(いながき きよたか)




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