クツ考


実は、撮影に参加しておりました。
久しぶりの撮影現場です。
普段、それこそ何時間も机に向かい、
その間動かしているのは指だけという生活が続いていますので、
身体を動かす仕事がしんどいのなんの。
身体がバキバキになってしまいました。
撮影現場から撮影現場まで、
僕は制作部さんが運転する機材車と呼ばれる車で移動します。
白いハイエースには、照明や録音の機材が満載、
かろうじて助手席とバックシートの一席が
確保されている状態です。
人が乗れるスペースは限られています。
なんたって、機材車、人を乗せるのは二の次というわけです。
運転するのは、我が実の弟。
彼はかれこれ10年あまり制作部として働いています。
お天気や撮影でお借りする場所の都合で、
時に小一時間ほど小休止となったりすることがあるのですが、
その時の事、僕は、制作部である弟と二人、
この機材車の中で待機しておりました。
普段慣れない現場の仕事で僕の足はパンパン、
元来、安楽な格好が大好物な僕は、
上半身を締め付ける防寒用のアウターを脱ぎ、
シートに身体をあずけ、靴を脱ぎ、靴下まで脱ぎ、
足をモミモミ、非常にいい気もちです。
撮影再開までには、あと三十分あります。
このまましばし体力を回復しようと足を揉み続けておりました。
すると弟が、
「よく脱ぐよね、僕は現場中、絶対靴脱がんよ」と、
苦言を呈したのでした。
その日は一日、お外での撮影、
そしてあいにくの雨模様です。
誰の靴もシメシメのはずです。
「いいじゃないの、休憩なんだし、靴くらいすぐ履けるよ」と、
僕は消極的に反論したのですが、
弟は首をかしげ、さも、
『この撮影素人めが』と言いたげでした。
「もし、今、なにか持ってこいと言われたらどうする?
靴履いて、ブツを探して、持っていったら、
その分遅くなるよ、『何万年かかっとるんだ!』とか言われるよ」
はあ、制作部さんは大変です。
そういう世界で弟は仕事をしているんだなぁと
しばしいたたまれない思いがしたわけですが、
弟が言いたいことは、
どうやら仕事のレスポンスが遅くなる
という理由だけではなさそうです。
考えて見れば、「靴を脱ぐ」という行為は、
マインドのオン・オフに直結しているかもしれません。
仮に連日の厳しい撮影が続き心身ともに疲弊しているとして、
一時、僥倖のような休憩時間をいただけたとしましょう。
そこで、たとえば、靴を脱ぐ。
したら、きっと一旦仕事モードのスイッチはオフです。
そして一旦オフにしてしまったら、そんな状態だからこそ、
再起動にはかなり時間がかかりそうです。
張りつめた緊張の糸が緩めば、
巻きなおすのに苦労しそうです。
だから、緊張感を保つためにも、
弟は靴を脱ぐなと言ったのかもしれません。

話は変わりますが、こんなことを思い出しました。
十数年前、イギリスに留学していたころの事です。
イギリスはもちろん室内も土足です。
映画などでたまに見る、
なんなら靴履いたままベッドに横になる系のあれです。
ですが、日本人留学生たちはアパートを借りると、
一旦綺麗に掃除して、律義に玄関で靴を脱ぐ生活を始めます。
やっぱり、海外で暮らしても三つ子の魂百まで、なんですね。
そんなある日、僕は、友人宅で、
とあるミュージシャンと話をしていました。
二人とも日本人です。
もちろんその部屋も土足は厳禁、僕たちは靴を脱ぎ、
スリッパを履いて、アールグレイでも飲みながら、
ニック・ロウがどうだ、ドノヴァンがどうだと、
音楽話に花を咲かせていました。
その時、ふと、僕は自分の足先が気になりました。
「海外のアーティストたちは作曲をする時、
靴を脱いでるんですかねぇ」
僕は、ミュージシャンの彼に聞きました。
すると、答えは、否、おそらく脱いでいないだろうとのこと。
「確かに、もしかしたら、靴のありなしで、
作曲にかなり違いがあるのかもしれない」と、
彼は一人興奮していました。
「そうそう、ジョンレノンって
どうだったんですかねぇ」と、僕。
ジョン・レノンはご承知の通り、
オノ・ヨーコさんと結婚しましたよね。
ですので、家では靴を脱ぐ生活をしていた
可能性が高いのではないかということです。
「ジョンレノンの前期と後期では、
靴によって音楽性が変わったかもしれない!」
二人は盛り上がりました。
んなわけない、と思いきや、
この説はなかなか信ぴょう性がなくもないと思えたのでした。
たとえば、別にまったく根拠はないんだけど、
かの名曲、「HELP!」は絶対靴ありのような気がします。
翻って、たとえば、「インスタント・カーマ」なんていう曲は、
絶対靴なしだと思います。
いまいちちゃんと説明できませんし、
証明も出来ないのですが、そんな気がしてきませんか?
どちらがいいとか悪いとかいうことじゃなく、
靴のありなしって、
クリエイティブにすごく影響してるんじゃないでしょうか。

あ、僕ですか? 僕は、そこがどこだろうと、
ファミレスだろうが事務所だろうが、そりゃ、脱ぎますよ。


(いながき きよたか)




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