いながききよたか通信 六月二十六日号


ふと、思った。書くことがない。
というか、書けることがない。
いやぁ、困った。
だいたい、仕事場と家の往復、
あんまり映画観たり読書したりできてない。
生来、鈍感な性格なので、ストレスとは無縁と思っていたが、
どうやら気付かないうちに、
そのストレスとやらが僕のところにもやってきた。
で、最近気づいたが、僕の場合、食とタバコに出るようだ。
タバコをばかばか吸って、
妙にカロリーの高いものばかり食べたくなる。
それで、金欠になる。
別に、何か高いモノに浪費しているわけでもないのに、
金がなくなる。
チリも積もればというのが、
一番、金欠になる理由の一つだと思う。
これで八方ふさがり、
タバコと食をとったら、
もう、僕のストレスはせき止められたダムがごとく、
決壊を待つばかり。うーむ、困った。
というわけで、少なくとも、食だけは救ってやろうと、
自炊を始めた。
夕食は、家人が用意してくれるので、
ありがたくそれをいただくとして、
それに朝食は元々摂らないたちなので、
目下問題は昼食となる。
金をかけず、昼食を食べる、
しかもストレスを解消するような満足のいくご飯にする。
そのために、最近僕は頭をひねっている。

料理は好きである。
下手の横好きも、ながく続けば、
それとなくましになるものだ。
時々、人に食べさせたりするくらいには、
料理ができるようになる。
腕前があがれば、新しい料理に挑戦したくなるのが、
人情というもの。
そこで、僕は、ストレスを解消させ、金もかからず、
仕事に支障をきたさない料理をあれこれと考えた。
そこで、見つけたのが、『鶏ハム』というものだ。
もともと家人に教えてもらったが、この鶏ハム、
簡単という割に時間がかかるが、めっぽううまい。
鶏肉の中でも、戦力外通告寸前の胸肉を、
二番打者くらいにはもっていける料理法である。

まず、レシピを列挙して行こう。
胸肉を用意する。
なるべく具体性を期すために、詳しく書いていく。
胸肉は『肉のハナマサ』で、
2キロ750円のものを使用した。
封を開け、一枚一枚、おろしていく。
胸肉は厚みがあるので、包丁を横から入れて、開き、
ステーキ状にするのだ。
2キロあるから、およそ七枚から八枚になるだろう。
それから、砂糖と塩を器に山盛り用意する。
計量で言えば、大匙7、8杯だろうか、
ここはとにかく多めというくらいで、ほぼ目分量となる。
まず、開いた胸肉の表と裏に砂糖と塗り込む。
この際、どちらが裏でどちらが表かは関係ない。
とにかく両面に砂糖を塗り込む。
スプーンですくっては、肉にふりかけ、手で撫でる。
じゃりじゃりがしゃりしゃりとした手触りになり、
少し粒子が残るくらいになればOKだ。
全部塗り込んだら、今度は始めの一枚から再び、塩を塗り込む。
これも砂糖と同じ要領である。
全部塗り終わったら、最後に、一枚ずつ胡椒を振りかける。
これも両面。
ちなみに、使用した胡椒は、
S&Bブラックペッパーあらびきというものである。
この工程を終えたら、開いた胸肉を元の形に戻し、
ジップロック的な封の出来るビニール袋に
三枚ずつくらい入れる。
(ちなみに、金があれば、
各種ハーブを一緒に塗り込むとバリエーションが出てよい。
僕の場合は事務所の屋上の菜園から収穫してきた
ローズマリーとバジルを挟んだバージョンを
いくつか作ってみた。
豪勢な方は松の実やカシューナッツを入れても
美味であろうと推測される)
僕の場合は胸肉が七枚だったので、
三枚と四枚の二つに分けた。
入れ終ったら、空気を抜き、封をする。
この時、空気を抜くコツは、
ビニールのお尻から鍋に多めに溜めた水に浸すということ。
こうすることによって、
水圧を利用し空気を目いっぱい抜くことが出来る。
こうして出来た塩漬けの胸肉を冷蔵庫に入れる。
あとは、ひとまず二日以上待つ。
ここまで、約一時間、冷蔵庫に入れ終え、僕は仕事に戻った。
仕事に戻り、執筆して、家に帰り、
なんとか二日分の昼食をやり過ごして、
いよいよ、鶏ハムを仕上げることにする。
まず、冷蔵庫に寝かせておいた塩漬けの胸肉を塩抜きする。
鍋に水を張り、その中にビニール袋から出した胸肉を泳がせる。
二日前仕込んだ塩加減次第だが、
なんども水を替えれば薄味になり、
あまり水を替えなければ濃い味になる。
僕は、何度か水を替えた後、一時間ほど塩抜きした。
ただ、充分塩抜きしないと、
かなり塩辛いものが出来上がることは
覚悟しておいた方がいいだろう。
なので、最低30分以上は塩抜きすることをお勧めする。
水に漬けている間、また、仕事に戻り、一時間ほど書く。
タイマーを一時間にセットしておき、
アラームが鳴ったら、再び、料理である。
大きな鍋にいっぱいに水を張り、それを沸かす。
沸くまでの間に、鶏ハムの準備をする。
塩抜きした胸肉の水気をキッチンペーパーでよく拭きとり、
まな板の上にひろげたラップの上に乗せる。
そして、端からくるくると胸肉を巻いていく。
これは、各人のセンスにゆだねられる。
自分のハム観に従って、ハムらしい形にすればOKだ。
己のハム観に従って、出来上がったそれを
ラップで三重に巻く。水も漏らさぬよう厳重に巻く。
七枚終えた頃、鍋の水は沸いているはずだ。
そこへ、ラップに巻いた胸肉を投入。
わずかに入ったラップの中の空気が膨張し、
ハムを浮上させるので、落としぶたで、水底に沈めてやる。
そうして、五分ほど火にかける。
五分したら、火を止め、そのまま6時間待つ。
余熱によって、6時間という時間が、
じんわり、丸々と巻かれた胸肉の内部まで火を通す。
もう一度、僕は仕事に戻る、
いい加減にストレスがたまり始めている。
口はもう鶏ハム受け入れ態勢が整っているのだが、
まだ、我慢だ。
我慢しながら、執筆する。
さて、六時間が経った。
トングで落としブタを外し、中の鶏ハムを取り出す。
六時間経っても、まだ湯は熱いことだろう。
やけどに気をつけながら、適当に一つ選んで、
ラップを解いてみる。
まな板の上に置き、包丁を入れてみよう。
どうだろう、中まで白くなっているだろうか、
白くなっていれば、ちゃんと火が通っている証拠である。
そして、料理者の特権、つまみ食いをしてみよう。
どこでも、すきな場所を食べればいい。
端でも、真ん中でも、好きなところをつまみ食いする。
ようやくストレスが解けるのを感じてくるではないか。
しかし、まだ料理は続く。遠足は、家に着くまでが遠足だ。
つまみ食いを終えたら、
まだ湯気を立てているだろう鶏ハムのラップを一つずつ解こう。
中は肉汁が溜っているはずだ。
これを放っておくと、悪くなるのが早くなる。
特にこの季節は足が早い。
元来鶏ハムは長期保存に向ないが、
それでも、できるだけ長く楽しむために、
最後まで気を抜きたくないものだ。
だから、肉汁は、惜しいが捨ててしまおう。
中身を露わした鶏ハムのなんと美しいことか。
それを再び、ラップに包む。
こうして、荒熱がとれるまで、放っておく。
放っておく間、また、僕は執筆する。
ああ、執筆に飽きた、
と思い始めるころ、
鶏ハムの荒熱は取れているだろう。
あとは、冷蔵庫に放り込むなり、
すべて食べてしまうなり好きにすればいい。
ちなみに、僕は一本、切り出し、残りは冷蔵庫に放り込んだ。
仕事は、いい加減に飽きた。
料理をする間、およそ10時間ほどは執筆している計算である。
僕は、御褒美として事務所の冷蔵庫に
眠っている差し入れビールを開け、
出来たての鶏ハムを楽しむ。
およそ、250グラムなので、原価は100円以下。
だが、満足は確実に100円以上だ。


さて、足かけ3日で、鶏ハムが完成した。
サンドイッチにしたり、パスタにしたり、
バリエーションは多様だ。
そして、それを食べながら、僕は思った。
料理と執筆は、なかなかに相性がいい。
煮込み料理や、鶏ハムのように、
待つ時間が長い料理は特に相性がいい。
文章を書くことは疲れる。
僕のようになんでも投げ出しがちな人間には、
机に貼りついていることそれ自体が苦痛だ。
だが、そこに楽しみがあれば、別だ。
これを心理学的に言えば、代償行動とでもなるだろう。
まあ、とにかく、このまま書いてさえいれば、
先に、ストレスを解消してくれるおいしいものが待っている、
しかも、書くことそのものが、
おいしいものに繋がっていると思えば、
執筆も、少しは軽やかになるかもしれない。
もう一度言うが、料理と執筆は相性がいい。
次は、煮豚か、ボロネーゼでも作ろうと思っている。

(いながき きよたか)




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