いながききよたか通信 六月二十六日号


突然ですが、財布をなくしました。
先週の事です。
言い訳しますが、執筆したまま朝を迎え、へろへろだったのです。
そのまま打合せに行かねばなりませんでした。
でなければ、断じて、断じて、断じて、
僕がそんなことするはずがないのです!
そんな自己否認はともかく、
打合せ先は市ヶ谷、
慣れない場所には気をつけないといけませんね。
どうやら、市ヶ谷の路上で、僕の財布は、
ジーパンの後ろポケットからするり、
落ちてしまっていたようです。
事務所に帰還して、財布を無くしたことに気づき、自己嫌悪の嵐。
翌日、まだ自己嫌悪真っ最中の僕は、
免許証やら銀行のカードやらの再発行手続きをしながら、
超めんどくせーと思うと同時に、
なにか心の奥底で、
爽快感のようなものを感じている自分に気づきました。
不思議なものです。
多分、携帯を無くしてしまったり、
もっと言えば、彼女にふられたりとか、
家を無くしたりとかしても
感じることかもしれないなと思ったり……。
その感情は、もしかしたら、
くび木から解き放たれた馬の
解放感のようなものかもしれませんね。
人間は複雑ですね。
とか思いながら、再発行手続きをすべて終えたその瞬間、
銀行から電話が掛って来ました。
『財布、警察で預かってるみたいですよ』
なに!
これはこれで、うれしい。
逆説の爽快感とか言ってた自分はどこへやら、
アホ面ブっ下げて、牛込警察署へかけこみました。
「届けてくれた人、ありがとうございます!」
そう、何度、心の中で繰り返したでしょう。
「なにか、お礼しなければ」と、思いながら、
財布を受け取ると、会計係の警官が、
「先方は、お名前などお知らせする気はないようです、
もちろん、住所もお伝えできません。
謝礼の類は固辞しておられました」
なにー、なんという、大きな方でしょう。
ワールドカップで日本人のゴミ拾いが話題になってましたが、
んなことどーでもいいです。
んなことより、僕にとっては、
この僕の財布を拾い、警察に届け、
しかも、名前も残さないどこかの聖人が
確かにこの世に存在するということの方が、
にーほーんー、ってなりました。
人間は、複雑ですね。

さて、前置きが長くなりましたが、
いよいよ、今夜、『SAVEPOINT』最終回の放映です。

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(高城亜樹主演『SAVEPOINT』テレビ東京
26:35より放映開始)
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彷徨するアキとシロウは一体どこへたどりつくんでしょうか。
気になりますねぇ。
皆様、どうぞ、ごらんください、よろしくお願いします。

ところで先週の放映、見ていただけましたでしょうか。
ラストシーン、高城亜樹さん演じるアキが、
決意を固めた証として髪を短くするという
シークエンスがありました。
幸福なことに、僕はそれを現場で目にすることが出来ました。
実際にご自分の髪にハサミを入れるということで、
ただならぬ緊張が漂っていたのをよく覚えています。
だって、NGは許されないのです。
それに、女の子が自分で髪にハサミを入れ、
ばっさり切り落とすというのは、どんな気持ちなのでしょうか。
僕ら男子には想像も及ばない感情が働くに違いありません。
そして、いよいよ本番がやってきます。
なにか見ている僕の方がうろたえてしまっていたのですが、
そんな心配をよそに、
高城さんは、みごとに、アキを演じ切り、
微塵もたじろぐことなく、髪を切り落としたのでした。
それが、丁度撮影の中間地点、
その次の日からは、
シロウとの逃避行の撮影が始まろうとしていました。
それまでも、もちろん、彼女のお芝居は立派でしたが、
なお一層、決意が固まったかのように見えたのでした。
現実とお芝居がリンクしたのですね。
毎朝、現場に入られる高城さんは、
はっとするほどかわいらしい女の子だったのですが、
撮影が始まれば、それがウソのように、
大人びた特殊警護官に早変わりします。
まさに、女優ってこういうことだななどと
思ったことを覚えています。

と、まあ、前回お話した通り、
なぜか、シナリオライターであるはずの僕が
現場スタッフに任命されたゆえに、
こうして、役者さんのお芝居をつぶさに間近に
見ることができたわけです。

自分の書いたシナリオの撮影現場に現場スタッフとして
参加することは、おそらくめったにないことだと思います。
自分でシナリオをお書きになり、自分で監督なさる監督さんは、
唯一似たような感覚を味わうことになると思われますが、
もし、「あ、これ、ちょっと違うな」と思ったら、
ある程度、コントロールが効くはずです。
というか、むしろ、監督ならその違和感を
無視してはいけませんよね。
これは、つまり、監督は、シナリオを書きながら、
現場に参加しても、
直接的に、クリエイティブに手を下せるということを意味します。
ただ、今回僕が配置された制作部という部署は
少し事情が違います。
僕が担った現場仕事のとある一日を、少々垣間見てみましょう。
朝、早く起きます。
おそらく、スタッフの中で一二を争う早さです。
なんのために朝早く起きるかというと、
撮影現場に一番早く着くためです。
一番早く着いて何するかというと、
現場近くの適当な路上脇にパイロンと呼ばれる
赤いとんがりコーンを配置します。
なぜそんなことをするかというと、
駐車スペースを確保するためです。
もちろんそこにはスタッフと
機材を乗せた車両を停める予定です。
主に機材を乗せた車などは、現場に近く、
制作部の車輌は一番後に考えます。
さあ、スタッフを乗せた車が続々とやってきました。
赤色灯と呼ばれる七つ道具の一つをぶん回しながら、
それらを誘導します。
「もっと、近くに停められないのか?」
「なんで車で現場に入れないんだ」
「こっから機材運ぶのかよ」
そんなことを言うスタッフがいたとしても、
それはきっと寝起きが悪いだけなのです、
決して悪意があるわけではないのですと、
ぐっと笑顔でいなし、無事スタッフを撮影現場へ案内したら、
いよいよ撮影が始まります。
この他にも、朝からやることが満載です。
トイレの場所の周知、撮影場所を管理されている方との折衝、
朝ごはんの配布、お茶やコーヒーの用意などなど、
それもこれも、
撮影に関わるすべての人々にコンフォタブルに
仕事をしてもらうためです。

そこで、疑問が湧きます。
これらの仕事を任されているスタッフは、
作品を作り上げていくというクリエイティブに
関わっていないのでしょうか。
たとえば、もし、制作部スタッフが昼食を運んでいる最中に、
本番中のお芝居のセリフが聞こえてきたとして、
「すこし、ニュアンスが違うな」と思ったら、
ひとまずお弁当を置いて、カメラの横まで行って、
「今のところ、ニュアンスが違います。
こう直したらいかがでしょう」と進言するでしょうか。
しませんね。百パーセントしません。
そもそも「すこし、ニュアンスが違うな」とも
思うこともないと思います。
なぜなら、それは彼の仕事じゃないからです。
セリフのニュアンスが違うかどうか判断するのは監督の仕事、
一方、彼の仕事は昼食を運び、
しかるべき場所に、きれいに並べ、
やがて来る昼食タイムに気持ち良くスタッフたちに
食べてもらうことです。
じゃあ、彼の仕事は、クリエイティブとは関係なく、
存在しているのでしょうか。
よく助手時代に、
「この仕事意味あんのか?
こんなことやってていい映画になるのだろうか?」
とふと疑問が湧くことがあるかもしれません。
しかし、その仕事の出来不出来こそ
いい映画になるか否かに関わっていると
言っていいと思います。
それこそ、クリエイティブなのだと、思います。
もちろん直接的クリエイティブではないことは確かですね。
でも、こういった間接的クリエイティブがなければ、
作品は絶対によいものになりません。
おいしいご飯を食べ、
よりよい環境で撮影ができることは、
よりよいクリエイティブに繋がります。
少なくとも、僕が制作部の仕事をしている時は
そう信じて仕事をしていました。

しかーし、上記のことを肝に銘じているからこそ、
昼食を運んでいる僕の耳に、
仮にセリフが聞こえてきたとして、
「あ、ちょっと違う」と思うな!と言うのは、
少し無理があるというもの。
だって、シナリオ書いてるんですもの。
でも、そこは、
「いや、今の僕の仕事は、昼食の準備である。
決して演出ではない」と、
きっぱり直接クリエイティブ脳とは縁を切り、
間接クリエイティブ脳全開で目の前のお弁当に集中します。
まがりなりにも、駆けだしの頃は現場仕事を経験した身です。
身にしみてその辺の仁義はわかっているつもりです。
ただ、そうなった時はつらいですよね。

この辺は、非常に難しい問題をはらんでいます。
既に上記のように仕事を全うすべきと書いておきながら、
同時に、仮に制作部なら制作部の仕事だけを
やっていればいいとも言えないと思います。
どんなに経験がなかろうと、
どんなに部署の越権行為だろうと、
演出に違和感があったり、
撮影に新たなアイデアが浮かんだりすることは、
この世界に身を置く者ならあって当然だと思います。
それを、部署違いの越権行為だと封鎖してしまうのも、
あまりうまくありません。
そういう意味では、
風通しのいい環境が一番いいんでしょうね。
だれかれなくフランクに意見を述べられる環境づくりは、
ともすると我々にとって苦手な部類のように思います。
だからこそ、僕の主戦場である脚本作りの際には、
できるだけ広くフランクにフラットに差別なく
意見を聞きとろうと心がけます。
それが、共同作業たる映画作りの第一歩だと信じて。
なにはともあれ、いかなる部署であろうが、
浮かんだアイデアや違和感を述べることは、越権行為か、
クリエイティブへの積極的な参加か、
そのどちらなのか判断することは非常に悩ましいところです。
これが、シナリオを書き、
同時に制作部として作品に参加したからこそ、
思い当たった問題提起なのですが、
今のところ臨機応変に
やるしかないのかなぁなどと思ったりしています。
(いつか、もう少し突っ込んで書いてみたいですね)

でも、ご安心ください。
今回の「SAVEPOINT」では、
「あ、ちょっと違うな」は、一ミリもありませんでしたから。
それどころか、いまいち使いづらい、
いち現場スタッフとして参加して、
まあ、それなりに、走り回るくらいは懸命に仕事し、
ついに撮影の終了を迎えたとき、
なんだか泣きたくなるくらいさびしい想いが去来したものです。
撮影現場にこういう感情が生まれる作品は、
きっといいものになると僕は信じています。
スタッフ・キャストの結束が強く、
そこに連帯感が生まれ、
いい作品を作り上げるというゴールに向って共に仕事をする。
なんと気持ちの良いことでしょう。

こうして、はや足で駆け抜けた作品が、
無事完成し、本日最終回を迎えます。
いろいろと初めての経験もしましたし、
再確認させられる出来事もありました。
関係者の皆様、お疲れ様でした。
本当にありがとうございました。

この紙面を借りて、数回にわたり、
極私的プロダクションノート的なものを
したためてきましたが、いかがでしたでしょうか。
乱暴な物言いもあったかと思いますが、
そこらへんはご寛恕ねがうとして、
当方まだまだ書き足りないことがいっぱいあります。
ですが、それはまた次回の作品に回しましょう。

(いながき きよたか)




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